さらに、千葉麗子さんが書いた『さよならパヨク』という本もありました。これは本の半分以上が単なるゴシップ本なわけで、そういうのが好きでたまらない人にはいいのでしょうが、それ以上の価値がありません。ただ、まあこれは田中さんの記事と同じく、なんでそんなことを書くのか、その心情だけは理解できるので、全面的に批判するつもりにはなれないんですが。

 その中で、今の官邸前で反原発運動をしている「反原連」が日本共産党に乗っ取られている、という説を流していらっしゃるようですが、まあぶっちゃけ、日本共産党の関係者の方々が多数いらっしゃるのは間違いないですよ。でも、それとは相対的に自立して行動しているのもこれまた間違いがない。

 あのですね、そもそも日本共産党って、3.11まで明確な「反原発」ではなかったわけですよ。遡ると、60年代までは原発推進の立場だったわけですよ。彼らはマルキストですから、テクノロジーの進歩は全面肯定する立場が本来ですから。共産主義とは電化のことである・・・みたい名言(迷言?)をレーニンは言っていたくらいです。そして60年代以降も、即時全面禁止という立場ではなかったわけですね。

 もちろん徐々に方針を変えてきたというのは確かですが、それは既存の非政治的な勢力の盛り上がりに足並みをそろえて、むしろそちらについていこうというところが正しい見方かと思います。まあとはいうものの、日本共産党の天敵である、新左翼を排除したり、まだ原水禁と微妙な距離があったり、などというところで、べったりというところまではいかなくとも、相当に影響力があるというのはそれはそれで間違いないでしょう。ただ、チバレイさんが言うように「乗っ取られている」というのはどうかなー。で、SEALDsもその流れにある、と。まあ、これは見当違いでしょう。

 まあ、こんなわけで、フジロックの話しかり、SEALDs選書の話しかり、『SEALDsの真実』しかりで、まあなんというか、壮大なモンスター像が出来上がってしまっているわけですよね。いや、あの学生さんたち、そこまでの存在じゃないですよ(笑)

流行語大賞で「SEALDs」がトップテン入り。表彰を受けるSEALDsのメンバー
手前は挨拶をする奥田愛基さん=2015年12月1日、東京都千代田区の帝国ホテル
流行語大賞で「SEALDs」がトップテン入り。表彰を受けるSEALDsのメンバー 手前は挨拶をする奥田愛基さん=2015年12月1日、東京都千代田区の帝国ホテル

闘わない「闘い」は学生運動の失敗が招いた


 こうして知ったかぶりと陰謀論と親父の説教ぐせ(特にいわゆる往年の活動家界隈)の人達を、SEALDsはものすごい勢いで吸引していっているバキューム状態なわけです。もうね、カオスですよ、カオス。

 そんなわけで、別にステマするわけでもないですが、そういう人達にオススメ・・・というか、たぶんそういう人たちにこそ読んでもらいたいという意味もあって出したと思われる奥田愛基自伝『変える』は面白かったわけです。

 この本、「自伝」とは書いてないんですが、そういう本です。北九州の牧師の家で生まれ育った奥田が、その牧師の家らしいというべきか、様々な生活困窮者を受け入れてきた話。中学校の頃のイジメ体験。そこから島根の高校を選び、その学校の文化の薫陶を受ける。そして、仲間との出会いからSEALDsの創設へ。

 一応書いておきますが、自分はSEALDsの政治的な主張には賛同できません。けれど、まあ二十歳かそこらの若いヤツがここまで大きなムーブメントをつくって、しかもやっていることもたいそうなオトナなところを感服しているわけです。

 あなたたち、おい、おっさん。20歳かそこらの時、なにしてました?ファミコンやったりパチンコやってたり、クラブで呑んだくれてたり、ダイヤルQ2や出会い系サイトやっていたり、少年ジャンプ読んでいたり、しょうもないサークル入ってスキー行ったり、テニスしたり・・・そんな感じじゃなかったですかね。はい、自分もそんなひとりです。そうするとやっぱり彼らは立派だな、と。

 僕らの若いころ、そして今でも脈々と続いているのは政治回避です。外山恒一は、その著書『青いムーブメント』の中で、新左翼運動の失敗により、「政治的な闘いに関わらないという闘い」がいわゆる日本のいわゆる「サブカル」ではないかと喝破しました。80年代は闘わないという闘いを積極的に理念にあげる時代だったということです。それは今も脈々と、「ロックに政治を持ち込むな」風な流れとして残っています。新左翼のみなさん、あなた若いのが政治を回避しているとか偉そうに説教している場合じゃないですよ。あなたたちの荒唐無稽な「世界革命」や、数百人の死者を出した内ゲバが、その原因なんですよ。

 仮にそれが学生運動の時代に比較して、ぬるいものだったとしても、それはあなたたちを乗り越えようとした結果そうなったわけです。もうちょっと、なんというかケチつけるだけではなく、温かい目で見ることもできるんじゃないですかねえ。

 さて、興味をもって、この政治的主張ではなく、リーダー格のひとりの「自伝」を読んだわけですが、そしてなんともいえない読後感を抱いたのでありました。