日本列島は歴史的にも大きな自然災害を幾度となく被ってきました。古(いにしえ)の工人より地震や洪水など自然の猛威に対処する建築や土木の工夫を凝らし続けたにもかかわらず、近代に至っても完全な防御の術をわれわれは持ち合わせていません。改めて災害時のよりどころである各地の避難所をはじめ、安全な建築がこれまで以上に求められています。

 これらの事態からいえるのは、建築に対するこれまでの考え方や社会制度に見直しの時期が来ているということに他なりません。

 戦後に建設された多くのビルやインフラ、公共施設の多くが、用途や制度、物理的にも寿命を迎えています。それが引き起こす問題は、日本全国津々浦々で同時多発的に起こります。

 現在の日本の街の姿は、太平洋戦争の空襲からの復興によるものです。鉄道や道路網の整備、高速道路の設置、民間工場や住宅地の開発、住宅の高層化、学校の建て替え、スポーツ・文化施設の建設など。前回の東京五輪(1964年)を契機として、現在まで残る日本中の街や建物の大半がこの頃に生まれたといっても過言ではないでしょう。

 いま、日本社会の建築をめぐる状況は大きく様変わりしています。

 最低限必要なものは既に整備されており、これ以上新たに建設するものがないのです。また、社会情勢の変化によって利用者が変わり、使われていない施設も数多くあります。

 そうした状況では、これまでに建設した公共施設をはじめとする社会ストックをどう生かすかが喫緊の課題となっていくでしょう。

 日本の街並みと欧州の街を比較し、その景観や雰囲気の違いを嘆く声もよく聞きます。欧州に赴くと、まるで中世から変わらぬような風景に出合いますが、それらはちょうど彼らにとっての高度成長期である大航海時代やルネサンス、産業革命時に建設されたものです。それらを後世にうまく残してきたから現在の街があるのです。

 非新築による古い建築の長期にわたる活用が、街や建築の本来の姿なのです。戦後から高度成長期のような、大規模な破壊の後に永遠に新築が続くという誤った建築観を見直す必要があります。次世代にどんな社会資産を残していくことができるかが問われているのです。

もりやま・たかし 建築エコノミスト、一級建築士。昭和40年、岡山県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、設計事務所を経て、同大政治経済学部大学院修了。地方自治体の街づくりや公共施設のコンサルティングなどに携わる。著書に『マンガ建築考』『非常識な建築業界「どや建築」という病』など。