「自由な政治論争がもたらす軋轢」を緩和する力


 皇室に対して不当な扱いをしている戦後体制を是正するためにはまず何よりも、政治家の見識と世論の支持が必要ですが、現状でははなはだ心もとない。私は若いときに谷口雅春先生の皇室論を読む機会に恵まれて皇室の尊さを理解することができましたが、戦後教育しか受けていなければ皇室の尊さがわからないのも無理はない。

 そこで現代の人々にも皇室のことを理解してもらうためにどうしたらいいのか、調べておりましたら、私の母校の慶応義塾大学の創設者である福沢諭吉先生が皇室のことについて立派な論文を残されていることに気付きました。福沢先生と言えば、「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」という言葉でも有名なように、どちらかというと進歩的な開明思想の持ち主だというのが大方の印象でしょう。その福沢先生が明治時代に「なぜ皇室は尊いのか」「日本の将来にとって皇室がいかに重要なのか」を丁寧に論じていらっしゃるのです。現代の評論家や政治家が主張するよりも、福沢先生が皇室の尊さを力説されていたという事実に非常に価値があると思って、このほど『福沢諭吉の日本皇室論』(島津書房)という本を出した次第です。

 この本には、国会設立が決まったことを受けて明治十五年(一八八二)に発表された「帝室(ていしつ)論」と、明治二十一年に発表された「尊王論」の、それぞれの原文とその現代語訳を収めていますが、日本人なら必ず読んでおくべき近代皇室論の古典だと思います。天皇陛下も中等科時代に、東宮職参与となった小泉信三博士とともに、福沢先生の『帝室論』を輪読されておられます。

 福沢先生はいわば西欧近代化、自由民権運動のオピニオンリーダーだったわけですが、単純な自由民権論者ではありませんでした。もちろん「国会での自由な政治論争」と「法令に基づく公正な行政」を支持しているわけですが、同時に自由な政治論争や法令に基づく公正な行政の限界、短所も十分に理解していました。福沢先生は国会開設を支持しつつも、予想される短所を次のように予想しています。

慶応義塾三田キャンパスに建つ「三田演説館」。明治8(1875)年に福沢諭吉が建て、今も使われる国の重要文化財=2008年11月28日、東京・三田の慶應義塾大学 (瀧誠四郎撮影).jpg
慶応義塾三田キャンパスに建つ「三田演説館」
《国会を開設して、やがて二、三の政党が対立するようになれば、その間の軋轢(あつれき)は大変苦々しいことになるだろう。

 政治的な問題に関して政敵を排撃するためには、本当は心に思っていないことでもいろいろと申し立てて、お互いに相手を傷つけることがあるだろう。その傷つけられた者が、相手を傷つけるのは卑劣であるなどと弁論しながらも、その弁論の中で相手に復讐して、逆に傷つけることにもなるだろう。

 あるいは人の隠し事を摘発し、あるいはその個人的なスキャンダルを公表し、賄賂や請託はあたりまえのことになる。甚だしい場合は、腕力をもって闘争し、石を投げ瓦を割るなどの暴動があることも予想される。西洋の諸国はたいてい皆そうである。わが国も同じようにそういうことになるかもしれない》

 そして、自由な政治論争が党派間に深刻な軋轢を生み、国論が分裂して国家意志をまとめることができずに、外国から付け込まれるような事態になったらどうするのかとおっしゃっています。

《政治の党派が生じて相互に敵視し、積年の恨みがだんだん深くなり、解決できないという状況の最中に、外からの攻撃が生じて国の存亡にかかわる事態が到来したら、どうするのか。自由民権が非常に大切であるとはいっても、その自由民権を享受させてくれた国が、あげて侵略され、不自由で無権力の有り様に陥ったなら、どうするのか。

 …小さい者どうしがお互いに争って勝敗が容易に決着せず、全身の力をすでに使い果たして残る力もない。こんな状態で他国のことを考えて、それに対処する余裕があるだろうか》

 福沢先生がこの論文を執筆されたのは今から百二十年前のことですが、現在の政治の姿を彷彿(ほうふつ)とさせます。驚くべき先見性だと思います。続けて、このような「国会における自由な政治論争がもたらす軋轢」を緩和させるためにも「一種特別な大勢力」が必要だとして、次のように述べていらっしゃいます。

《民心軋轢の惨状を呈するときにあたって、その党派論にはいささかも関係するところのない一種特別な大勢力があり、その力をもって、相争う双方を緩和し、無偏無党の立場から両者を安んじいたわって、各々が度を過ぎないように導くことは、天下無上の美事であり、人民には無上の幸福といえるだろう》

 そして、我が国において「相争う双方を緩和し、無偏無党の立場から両者を安んじ、いたわって、各々が度を過ぎないように導く」力をもっているのは、党派をこえて国家・国民のために祈られる皇室しかないと、福沢先生は指摘されているのです。