マッカーサーとのご会見に見る「皇室の本質」


 確かに福沢先生の指摘している通り、有史以来我が国は幾度となく国難に出合っていますが、そのときは必ず皇室が中心となって、しっかりとまとまって危機に対応してきました。元寇のときの亀山上皇、幕末・明治維新のときの孝明天皇と明治天皇、そして占領軍が乗り込んできた昭和二十年のときの昭和天皇と、いずれも皇室を中心にまとまってきました。まさに皇室があるから、国家は分裂せずに守られてきたと言えると思います。

明治24年(1891年)頃の写真。日本銀行発行紙幣の原画となる(Wikimedia Commons)
明治24年(1891年)頃の写真。
日本銀行発行紙幣の原画と
なる(Wikimedia Commons)
 日本の敗戦後の武装解除一つをとっても、天皇のご存在がなければ、絶対に失敗していたと思いますね。皇室は常に国家・国民のことをお考えになっていらっしゃる。その皇室に対する敬愛の念において国民がまとまっていなければ、武装解除もあれほど平穏裡に進まなかったでしょうし、ゲリラ闘争が各地で頻発して現在の日本の繁栄もなかったと思いますね。国家が分裂せずにまとまることの重要性は、イラク戦争後のイラクの復興の様子をみればよくわかります。国民を統合する存在がなければ、イラクのように内乱が続いていたかも知れないのです。

 では、なぜ皇室に国民を統合する力があるのか。日本の歴史を見れば、源氏にしても平家にしても織田信長にしても、その軍事力と権力によって皇室を無にすることはできた。しかし、そうしなかったのは、神話の世界につながる日本最古の宗家としての重みを持ち、国家の安泰と国民の幸福を日々祈られる皇室の権威を誰もおかすことができなかったからです。

 しかも、いざとなれば国民のために捨て身の行動をとられてきた。思い出すのは、日本敗戦後の昭和二十年九月のマッカーサー元帥とのご会見のことです。戦勝国の代表として日本に乗り込んできたマッカーサー元帥は、アメリカの士官学校を最優秀の成績で卒業した軍人で、敗戦国の昭和天皇が会見を求めてきたのに対して、命乞いに来るのだろうという先入観をもっていた。ですから新聞で公表された写真をみると、両腰に手をあてて略式の軍服で陛下をお迎えしているわけです。

 しかし陛下は命乞いをされずに「自分はどうなってもいいから日本国民を救ってほしい」と切々とおっしゃられて、マッカーサーは大変感動したわけですね。ですから、最初はぞんざいな扱いであったのが、お帰りになるときは玄関まで見送りに出た。国民のためならば命を投げ出される無私の行動をとられた昭和天皇だからこそ、日本国民も戦争には負けたけれども、皇室に対する敬愛の念をいささかも変えなかったわけです。