ハンセン病と高松宮殿下


 現行憲法となって皇室に関する法制度は確かに変わりました。しかし、福沢先生が指摘されたような、行政とは異なった立場から福祉や文化・芸術など精神的分野において皇室が大きな役割を果たされるという点については、ほとんど変わっていないのではないでしょうか。

 私がまだ若い代議士の頃、私の選挙区である岡山にハンセン病の療養施設がありまして、高松宮同妃両殿下がお見えになりました。私も随行させていただきましたが、ハンセン病の重い患者などは手も爛れているんですが、高松宮殿下と妃殿下はしっかりと手を握られて激励されたんです。当時はまだハンセン病に対する誤解も残っていて感染するのではないかと、随行の知事や政治家は患者のそばに近寄らなかった時代ですよ。ある患者さんは目が全く見えない。そんな患者さんの手をしっかりと握られる殿下のお姿を間近に拝見していて、やはり皇族というのは違うなと思いましたよ。目が見えないその患者さんに看護師さんが「いま手を握ってくださっているのは高松宮殿下ですよ」と話しかけると、涙が流れたんです。何しろ爛れて手の形をしていない状態です。宮様はいやいやではなくて、本当に心をこめて手を握られる。恐らく誰も手を握ってくれなかったんだと思うのです。

 ハンセン病に対する社会の偏見を取り除く上で皇族が果たされた役割は本当に大きかったと思いますし、青年時代に「帝室論」をお読みになっていらっしゃるためなのでしょうか、現在の天皇皇后両陛下も障害者福祉など、時の行政の手が及ばない国民の重要事に精神的な支援をなさっていらっしゃいますよね。御即位十年のときに皇后陛下も、行政との関係を念頭に、次のようにおっしゃられています。

「この十年間、陛下は常に御自身のお立場の象徴性に留意をなさりつつ、その上で、人々の喜びや悲しみを少しでも身近で分け持とうと、お心を砕いていらっしゃいました。社会に生きる人々には、それぞれの立場に応じて役割が求められており、皇室の私どもには、行政に求められるものに比べ、より精神的な支援としての献身が求められているように感じます」

 実際、皇室の「より精神的な支援としての献身」によって救われた国民は多いと思いますが、そうした「現実」を国民の側がどれほど知っているのでしょうか。現在の皇室に戦前のように多くの財産があれば、もっと福祉や伝統文化振興のために大きな役割を果たしていただけるでしょうに、いまはお気の毒で、乏しい予算ですので、皇族の関係者が結婚される際に宮家が出されるお祝いは申し上げるのも憚られる金額だと伺っています。もちろん、お祝いをいただく側は宮家からいただいたということで有難く思っていると思いますが、一般の会社員並みのお祝いさえお包みになれない状況にあることは本当に申し訳ない次第です。

 皇室が「福祉などのために基金を出されたい」とお考えの際に、ある程度自由に使える財産をお持ちいただくことができるように、せめて国民の側が皇室に寄付できるような制度があればいいのですが、占領軍から強制された現行憲法では、国民からの寄付もほとんど認められていません。ですから、一日も早く憲法改正を成し遂げ、国民からの寄付の道を開くとともに、皇室には、自由な政治論争に伴う軋轢を和らげ、行政ではできない精神的な側面でもっともっと大きな役割を果たしていただくようにしていくべきだと思います。

 その際、現行憲法では、総理大臣も元首的な機能を持っているし、天皇陛下も国事行為を始めとして元首的な役割を果たされている。このため学会では厳密にはどちらが元首なのかという論争が行われていると聞いていますから、「党派を超えた尊いご存在である天皇陛下こそ日本国を代表される元首である」ということを明記すべきだと思います。

 私の知り合いには慶応出身者が多いのですが、ほとんどの人は福沢先生が皇室論を書いていらっしゃることを知りませんでした。『学問のすすめ』だとか『福翁自伝』は知っていますが、『帝室論』と『尊王論』はほとんど知りませんでした。慶応大学の塾長室を訪ねて安西塾長にも差し上げましたが、安西塾長も出版のことを大変喜んで下さったのです。

 天皇陛下は御在位二十年を迎えられます。皇室と国民の絆をめぐり様々な議論が交わされてもいます。なかには合点のいかぬ問題提起や心ないと思えるものもあります。我が国にとって天皇、皇室がいかなる存在であるのか。それを今を生きる国民としてしっかり見つめ直さねばならない。しかしそのためには先哲の残された古典を繙き、その叡知に向き合うなかで私たちの先人がどのように考えたのかを学び、自らを省みる営みはとても大切で忘れてはならないように思う。

 福沢先生の『帝室論』と『尊王論』はこれまで長い間忘れ去られた論文だったわけですが、「自由民主主義」を推進する立場から皇室の尊さを説く福沢先生の「皇室論」は百二十年の歳月を経た今日でも、将来の日本を構想していく上で、大きな示唆と誇りを与えてくれると思います。