しかし、82歳の陛下にあと数年というのも無理を押し付けている気がいたします。そのためには個人的には皇太子さまにまずは摂政になっていただき、そのうえで皇室典範を改正されたら良いかと思います。

 そういえば、かつて男子のみの継承について議論がありましたがあれも秋篠宮様に愁仁様がお生まれになったことで忽然と消えてしまいました。本来であれば私は男子継承が物理的に継続できる環境にあったとしてもそれこそ女性の地位の話ではありませんが、議論を継続すべきだったと感じております。
お誕生日に先立ち記者会見に臨まれる天皇陛下=2015年12月18日、皇居・宮殿「石橋の間」(代表撮影)
お誕生日に先立ち記者会見に臨まれる天皇陛下=2015年12月18日、皇居・宮殿「石橋の間」(代表撮影)
 摂政については大正天皇の際に後の昭和天皇がおつきになっております。大正天皇は非常に重い病気にかかられていたため公務ができず、摂政を必要としました。長い皇室の歴史を見るとそれこそ、天皇が即位するのが極端に幼少のときになるケースがしばしば生じています。平安時代の六条天皇は生後7か月11日で即位されています。日本の歴史上、他にも幼少で即位された天皇は多く、明治天皇も14歳で即位されています。

 話は脱線しますが、天皇の執務が滞る際に置かれるのが摂政、関白。その多くは身内や外戚から選びますが、唯一の例外が豊臣秀吉と甥の豊臣秀次だけだったと記憶しています。秀吉は近衛家の猶子という一種の養子縁組を通じて無理やり関白になったわけでありますがこれは異例中の異例であります。世を驚かせたという意味で豊臣秀吉らしい一幕でありました。一方、天皇家は血が濃すぎるという弱点を抱えていたのも事実のようですが、同じようなことは海外の王室にも言えたことで日本だけの問題ではありません。

  「人間天皇」である以上、天皇陛下も人間としてのゆったりした余生をお過ごしになる権利はあるのではないでしょうか?ましてやご本人がそろそろ、と口にされているのであればそれを積極的に受け入れるのが世の在り方だろうと思います。日本の場合、いったん敷かれたレールを変えることがなかなかできません。良い部分もありますが、個人的にはもう少しフレキシビリティを持たせてもよいのだろうと思います。

 ましてや生前退位が200年前までは行われており、明治に入ってできた皇室典範でそれが謳われていないということですからある意味、皇室典範の片手落ちとも言えなくはありません。憲法改正議論が再び盛り上がる今日ですが、まずはこの改正が先にありきではないでしょうか?(ブログ『外から見る日本、見られる日本人』より2016年7月14日分を転載)