私は数年前、あるパーティーで同席した経験があるが、少年たちも少数ながら参加している席の挨拶でいきなり下ネタを連発。失笑しつつ眉をひそめた大人が少なからずいた。私もそのひとりだった。そんな彼が、後輩全員に慕われているとは考えにくかった。先輩に気を遣って差し障りなく付き合いこそすれ、彼の行動のすべてを敬服する選手ばかりではなかったのではないだろうか。もし後輩全員から慕われていたとしても、アニキは、兄弟の関係にあって成立する。選手同士ならアニキでいい。だが、監督と選手は、野球界の体質的には完全な上下関係、兄弟より親子関係に近い。つまり、金本監督と選手の関係に変わった途端、アニキと弟の関係はそのままではうまくいかない。

 いや、最近の選手たちの気質の変化を反映すれば、本当はアニキのままが上手くいく。ところが金本監督は、立場が監督になった途端、自分は相変わらずアニキのつもりかもしれないが、監督という権力の座があるものだから、知らずしらずアニキの言動が「暴君の横暴」にすりかわっている現実を、自覚しきれていないのではないだろうか。

 アニキの叱責は、たとえ言い方はきつくても 、愛のこもった励ましと受け止められる。同じ選手同士だからだ。ところが、監督の叱責は試合出場や起用の多寡にも直接影響する。選手にとっては戦々恐々として当然の重さをはらむ。

阪神対広島。ピンチで汗をぬぐう阪神の藤浪晋太郎投手=7月8日、甲子園球場
阪神対広島。ピンチで汗をぬぐう阪神の藤浪晋太郎投手
=7月8日、甲子園球場
 金本監督の言動や采配は多分に懲罰人事的な色合いが強いと指摘されている。

 7月8日の序盤から失点した藤浪投手を降板させず、8回161球投げるまで続投させた。明らかにへばっている藤浪の続投にファンからも藤浪への同情と金本監督への怒りの声が上がったという。私は古い野球人だから、金本監督の気持ちはよくわかる。そうやって選手を奮いたたせ、目覚めさせる手法は野球界では珍しくない。むしろ、チームの柱と期待する選手以外には取らない、愛情と期待の表現という意識もあるだろう。

 しかし、そういうやり方や感覚が、いまの選手には通じない現実も金本監督は理解する必要があるのではないだろうか。

 世間では、パワハラに対する眼差しが厳しくなり、職場などでも従来の常識は通用しなくなった。社長や上司たちは、身勝手な言い分のすべてを否定され、根本的な発想転換を強いられている。金本監督が、その点をどれだけ認識して、選手たちと接しているか。野球は別だ、と思っているとすれば、時代遅れの批判は免れない。

 内情まではわからないが、緒方監督はその点でやわらかさがあるように感じる。「勝負の世界で甘いことを言っていられない」という主張こそ「甘い」と、金本監督は認識し直す必要がある。それこそが、「超変革」の第一歩であり、金本監督の実践と発信で日本中の野球指導者が目覚めればものすごく大きな貢献にもなるだろう。