真のユニークな日本文化とは何か


 文化と文明の定義は実に難しく、国によっても民族によっても違う。文化が個々にユニークなものであるのに対し、文明は普遍的で、どの民族も国家も共有することが可能である。物質的なもの、ハードウエアが文明で、精神的なもの、ソフトウエアが文化だと思う。

 とりわけ日本文化はユニークだと昔から内外からよく言われ、議論されている。では、いったい日本文化の何がユニークなのだろうか。日本文化のうちもっともユニークな点は何かと問われれば、「万世一系」の天皇と平和の社会的しくみだと私は躊躇(ちゅうちょ)なく答える。これだけは人類史のどこにもない、あり得ない、「万邦無比」のユニークな日本文化である。
1月、フィリピンを訪問し「比島戦没者の碑」に供花される天皇、皇后両陛下(共同)
1月、フィリピンを訪問し「比島戦没者の碑」に供花される天皇、皇后両陛下(共同)
 それはいったいどこから生まれたものかというと、日本列島は地政学的、物理学的に一つの定量空間であり、それによる自然の摂理と、社会のしくみからである。そのもっともよく知られ、共鳴共感、共有されているのが「和」の原理である。日本民族が「和」あるいは「大和民族」と自称し他称されるのも、この和の原理を共有しているからである。和の原理は仏教的な衆生(しゅじょう)の思想と神道的な共生の思想の習合によって生まれた自然の摂理と社会のしくみであり、そこから日本人の自然や社会環境に対する対応力が生まれてきたのである。

 たとえば、平和社会というしくみについては、「和」や「大和」の社会にしか生まれてこないもので、「同」や「大同」の社会なら必ず抗争や紛争が絶えない。そこが日本と中国やほかの国のしくみの違いというものである。

 日本は戦後内戦が起きなかったことはもとより、江戸時代は300年近く、平安時代は400年近く、縄文時代は1万年ほども平和を保ち続けてきた。そんなことがいったいなぜ可能なのだろうか。「平和運動」が盛んに行われたためではもちろんない。平和な社会は自然の摂理と社会の仕組みから生まれたもので、日本文化の基層を支えるものである。だから「平和主義」「平和運動」「平和のしくみ」について、それぞれの次元から語らなければならない。これについては別の機会に述べることにして、もう1つのユニークなしくみが「万世一系」の天皇である。

 天皇が「万世一系」であるということについては、さまざまな異議、異論もあるだろう。けれど神代から今日に至るまで、日本史はいかなる紆余(うよ)曲折を経ても「易姓革命」はなかった。古代に王朝が別の一族に変わったという異説を唱える学者も中にはいるが、長い歴史において、律令、摂政、幕藩といった体制、さらに国民国家の時代に至るまで、天皇は日本の歴史とともに存在してきた。皇室の存在を抜きにして日本史を解くことも語ることもできないというのが事実である。日本人の心の中に存在している天皇観は、それぞれの時代によって違いがあっても、無視することはできない。日本文化そのものが皇室を核に形成されたものともいえる。

 社会的条件の変化から国際環境の変化によって、人類史にはさまざまな革命があった。易姓革命だけでなく、宗教革命や市民革命、産業革命、社会主義革命、さらに人間革命と呼ばれるものまである。

 万物は流転する。有為転変は世の常で、文化も文明も文物も王朝も王家も環境や時代とともに消えていく。しかしなぜ日本の天皇だけが「万世一系」の存続が可能なのか、それこそ「万邦無比」である。いくら饒舌(じょうぜつ)な論客が言葉尻(ことばじり)をとらえても、日本の天皇は今でも存在する。いくら政情の動揺や激変があっても、天皇は今でも存在しているのである。