神武天皇以来、125代の天皇の中で、かつて「天皇親政」といわれる時代もあったが、それでも天皇が絶対的権力を牛耳って国家を支配したことはない。「君臨しても治めず」だった。

 日本人の精神史から見て、天皇を神聖視するのは、はるか国家成立以前からである。和辻哲郎は、「天皇の神聖な権威は国民的統一が祭祀的団体としての性格において成り立ち来るところにすでに存する」(同右)と指摘した。天皇の神聖性は、政治的統一が行われるよりも遥(はる)かに古い時期に形成されたものなのである。

 近代欧州の王権については「王権神授説」がある。西欧の神はGOD(ゴッド)であり、宇宙万物を創造した唯一の神で、超自然的な存在である。その神から王権を授かったとするのが「王権神授説」である。

 一方、日本は「神授」とは違って、神代(かみよ)から「自然神」であり、神は神から生まれ、神は葦(あし)の芽(め)のように自然から生まれたものと考えられている。縄文文化を見ても、自然神信仰のアニミズムである。自然を神とする信仰から、天皇が神を祭る祭主として神聖視されるのもごく自然な感情で、「造神運動」から神格化されたものではなく、自然からごく自然に生まれた自然の感情である。

 大日本帝国憲法と並ぶ「皇室典範(こうしつてんぱん)」には、皇嗣(こうし)が皇位を継ぐ践祚(せんそ)に際し天皇が「祖宗ノ神器ヲ承」とあり、「祭主」としての相続のあり方が明記されている。

 日本は祭りの国として知られる。全国各地でさまざまな祭りが行われ、住民が絆(きずな)を育(はぐく)む場ともなっている。その土地その土地の神社を中心に行われることが多いが、精霊を慰める盆祭りなど寺院中心の祭りや、神社と寺院が半々のものもある。神社によって祭祀の様式に異なりはあるが、だいたいが「国安かれ民安かれ」と日常の罪(つみ)穢(けが)れを祈りによって禊(みそぎはら)祓いするものである。五穀豊穣(ほうじよう)を祈る天皇の祭祀となったものだった。
新嘗祭に臨まれる天皇陛下=2013年11月23日、皇居・神嘉殿(宮内庁提供)
新嘗祭に臨まれる天皇陛下=2013年11月23日、皇居・神嘉殿(宮内庁提供)
 天皇は国の祭主として、全国の主要神社に幣帛(へいはく)(神への供え物)も供進している。つまり天皇は国の祭祀の中心的祭主にほかならず、祭主としての君主として、日本人に仰がれてきたのである。それが天皇と国民を結ぶ紐帯(ちゆうたい)となり、天皇が国体の中核的存在になったのだった。

 福沢諭吉は『帝室論(ていしつろん)』(1882年)に「古代の史乗に徴するに日本国の人民が此(この)尊厳神聖を用いて直に日本の人民に敵したることなく又日本の人民が結合して直に帝室に敵したることもなし」と書いている。

 洋の東西の歴史を見ると、国と民が敵対することが多いものである。たとえば易姓革命の国、中華の国は、「有徳者」が天命を受けて天子たる皇帝に即位するということを建前としているが、実際には天意と民意が異なる場合が多い。だから皇帝に基づく国権を重んじ、民権に反対してきたのである。

 中国では、「国富民窮(こくふみんきゅう)(貧)」という言葉があるように、国富と民富とは対立するものなのである。「剥民肥国(はくみんひこく)」、民をしぼって国が肥(ふと)るという成語も生まれた。奴隷や愚民が理想的な人間像だから、ヘーゲルが「万民が奴隷」と定義する東洋型独裁専制の代表的な「国のかたち」こそ、中華帝国なのである。民は王朝とはまったく利害関係を共有しないので、「生民」「天民」とも称せられるのだ。

 天皇が国体の中心となる国、日本の天皇が神聖視されるのは、統治者としての君主であることよりも、祭主であることによるのだろう。