そして、ついに軍艦の登場となった。いわば名実ともの「グレーゾーン」事態が発生した(なお尖閣周辺には、民主党政権下の2012年9月にも中国フリゲートが2隻展開したが、当時の経緯等は月刊『正論』8月号拙稿に譲る)。

 
「暴走」できるほど中国軍は甘くない


 中国の狙いは何か。9日夜放送の「報道ステーション」(テレビ朝日系)が報じたとおり、専門家のあいだでも見方が分かれている。中国はいまや四面楚歌だ。5月末の広島でのG7外相会談でも、伊勢志摩サミットでも「海洋安全保障」がテーマとなり(名指しは避けたが)中国の行動に対する懸念が共有された。シャングリラ会議(第15回アジア安全保障会議、6月3~5日)や米中戦略・経済対話(6月6日・7日)でも中国批判や中国に対する牽制が相次いだ。

 シャングリラ会議ではアシュトン・カーター米国防長官が36回も「原則(principle)」という言葉を使い「原則に基づく安全保障のネットワーク(principled security network)」を築くと演説した。いわゆる「九段線」を主張し、南シナ海のほぼ全域が「古来より中国の海」と主張する中国に対して、フィリピン沖スカボロー礁の埋め立てはけっして容認しないと強く牽制。「中国は孤立の“万里の長城”を築いている」とも指弾した。会議で中国を支持した国はなく、中国の孤立が際立った。

 米主導の“対中包囲網”に対する反発があったのかもしれない。南シナ海の問題から世界の目を逸らそうと、東シナ海で挑発した可能性もありうる。当時実施されていた日米印の共同軍事演習に対する牽制の可能性もある。実際、6月15日の領海侵犯はインド軍艦艇を追尾する航跡だった。それがたんなる偶然とは考えにくい。同様に、9日の接続水域侵入も、中国フリゲートがロシア艦を追尾する航跡だった。たんなる偶然とは思えない。「日米同盟への挑戦といった趣旨ではなく、中国が領域を主張している尖閣周辺海域を、ロシアの軍艦が通航したことを受けた中国としての主権的行動」と見る専門家もいる。以上どれか1つだけが正しい見方ということではあるまい。

 要は、中国が機会をうかがっていた最中、絶好の機会が訪れた。ロシア艦の出現は、日本の接続水域に入る格好の口実になった。そういうことであろう。一部マスコミは「軍の暴走」説を唱えたが、フリゲートや情報収集艦には、中国共産党の政治担当士官が乗艦していた蓋然性が高い。その意向を無視して「暴走」できるほど、中国軍は甘くない。正確にいえば、中国に「中国軍」など存在しない。中国国営CCTVのニュースを見ると、中国人アナウンサーが「日本人が中国軍と呼ぶ人民解放軍」と話す場面に出くわす。べつに正式名称を論っているのではない。

 中華人民共和国(中国)の憲法は、その前文で「中国共産党の領導の下、マルクス・レーニン主義」云々と明記し、共産党が中国を「領導」する執政党(政権担当政党)と位置付けている。「領導」は「指導」よりも強く、上下関係のなかで用いられ、「上から命令し、服従を強いる」のが「領導」である。人民解放軍(中国軍)はどうか。憲法第93条と国防法第13条が「中華人民共和国中央軍事委員会は全国の武装力量を領導する」と明記。国防法は「中華人民共和国の武装力量は、中国共産党の領導を受け、武装力量内にある共産党組織は共産党の規則に従って活動する」(第19条)と明記する。解放軍は共産党が領導する、いわば「党の軍隊」であり、国家の軍隊(中国軍)ではない。「党が鉄砲(軍)を指導するのであって、鉄砲が党を指導するのではない」(毛沢東)。