津軽海峡などを中国の情報収集艦が堂々と通航する現状に憤慨し、「きちんと12カイリを主張し、重要な海峡を領海で塞げ」と主張する保守派の「識者」が少なくないが、そうなれば安全保障上も失うものが大きい。3カイリに留めた「日本の対処は賢明で合理的といえよう」(高野前掲著)。

本当に「無害通航」だったのか

 無害通航権はどうか。たとえばNHKニュースは「軍艦には領海での無害通航権が認められています」と報道した。民放や新聞も例外でない。マスコミ報道を鵜呑みにしたのか、自民党の国防族議員までが「国連海洋法条約で、無害通航権がある」と指摘した。テレビ番組で「無害かそうでないかは航行の態様で決まる、航行の目的は関係ない」と解説した防衛大臣経験者もいるが、いずれも妥当でない。日本を代表する国際海洋法学者の教科書を借りよう。

 そもそも「軍艦に対して無害通航権が認められるかどうかについては、今日も一般条約上の規定がなく、解釈が対立している」「国連海洋法条約でも、軍艦の無害通航権について明文の規定をおくことに合意が成立せず、問題は未解決のままである」(山本草二『国際法』有斐閣)。フィンランドやイラン、ルーマニア、スウェーデンなど、事前許可制その他の国内法上の規制措置を適用する旨、(海洋法条約310条による)解釈宣言を行なっている国もあれば、英米はじめ、それに反対する旨の宣言を行なった国もある(山本草二『海洋法』三省堂)。

 以上をどう解釈するかは、通過通航権を含め、津軽海峡を米軍の核搭載原潜が航行するケースで悩ましい問題をもたらす。「事前協議」(日米交換公文)の対象となり、「持ち込ませず」との非核三原則を貫くのか。なら、そうした「船種別規制」を強行する国際法上の根拠は何か。戦後日本は、こうした問題を直視せず、見て見ないふりを続けている。中国側の主張と行動は、そうした日本の隙を突いた格好ともなった。

 論点を喫緊の問題に戻そう。6月15日の領海侵犯は本当に「無害通航」だったのか。国連海洋法条約は「通航は、沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り、無害とされる」と規定した上で「次の活動のいずれかに従事する場合には、沿岸国の平和、秩序又は安全を害するものとされる」とし、「沿岸国の防衛又は安全を害することとなるような情報の収集を目的とする行為」(や「調査活動」)を挙げた(第19条)。

 6月15日に領海侵入したのは「情報収集艦」である。まさに「情報の収集を目的とする行為」ではないだろうか。ならば国際法上「無害通航」とはいえない。かつて私は中国公船による領海の侵入を、NHK等が「領海侵犯」と報じ、保守派がそうとう騒ぎ立てたことに異議を表明してきた。国連海洋法条約第17条により「すべての国の船舶は(中略)領海において無害通航権を有する」からである。

 だが今回は違う。それこそ領海侵犯と評すべき事態である。数日前まで中国フリゲートの接続水域侵入で大騒ぎしながら軍艦の領海侵入を「無害通航(だから、やむをえない)」と報じ、官民挙げてそう受け止めている。本末転倒ではないか。このままでは中国軍艦の領海侵犯が「常態化」してしまう。

 最大の問題は今後の対応である。国連海洋法条約は「軍艦が領海の通航に係る沿岸国の法令を遵守せず、かつ、その軍艦に対して行われた当該法令の遵守の要請を無視した場合には、当該沿岸国は、その軍艦に対し当該領海から直ちに退去することを要求することができる」(第30条)と明記するが、それ以上の規定がない。このため、沿岸国の退去要求に従わない軍艦に対し、武器の使用や武力の行使を含めた措置を取りうるのか、国際法上の論点となっている。

 しかも、対応する日本の国内法が未整備なため、現状では実効的な対処が難しい。そこで2012年「日本を取り戻す。」と大書した自民党の「重点政策2012」(民主党でいうマニフェスト)で「『領海警備法』の検討を進めます」と明記されたが、法整備は(護憲派が「戦争法案」とバカ騒ぎした)平和安全法制でも見送られた。いまこそ再検討すべきではないだろうか。