筋トレや猛練習に束縛されない


 規格外れに速かった萩野少年だが、腕立て伏せは2、3回しかできなかったという。小学校の低学年のころから、50メートルを何本泳がせてもケロッとしていたという。ふたりのコーチの証言は、「現在のスポーツ常識」と「実際の強さのカギ」のズレを浮き彫りにし、同時に萩野の強さの一端を窺わせる。

 腕立て伏せと水泳の速さは関係がない。コーチも本人もそれを実感していたから、過剰な筋トレに走ることもなかった。水泳選手が速く泳ぐために必要なことを萩野は身体で知っていて、それを磨き続けてきた。大切なのは、筋力を鍛えることでなく、いかに水と調和し、心技体をひとつにして水をつかめるか。50メートルを何本泳いでも疲れないのは、「体力があったから」と理解されがちだが、「泳ぐことが自然なことだから、とくに疲れる心配もない」というのが近いのではないだろうか。

 日本の現在のスポーツ観では、「疲れる練習をどれだけやれるか」「厳しさを重ねた分だけ強くなる」と信じられている。果たして本当だろうか。萩野は自然体で泳いでいるから、それほど疲れない。力に頼るのでなく、身体をひとつにして泳ぐ。全身の調和が重要だと萩野は身体で知っていた。

男子800メートルリレーで銅メダルを獲得し、手を上げ喜ぶ(左から)松田、小堀、江原、萩野=8月10日、リオデジャネイロ
男子800メートルリレーで銅メダルを獲得し、手を上げ喜ぶ(左から)松田、小堀、江原、萩野=8月10日、リオデジャネイロ

科学と感性を融合させた日本水泳陣


 ひところの日本のスポーツ界は、科学を妄信し、科学を頼りに強化を進めてきた。ところが、選手自身の感性と科学の誤差は明らかに存在する。水泳陣は日本のスポーツ競技の中でもいち早く科学的な研究を進め、競技に反映させる努力を重ねてきた。その経過の中でわかったのは、「天才的な選手の感性は科学を超える」という現実を体験した。例えば北島は、2個目の金メダルを獲得する過程で、「平泳ぎにストロークの速さは必要ない」と確信する。

 理屈で言えば、「一回のストロークでより多く進み、そのストロークの反復速度を速くして、繰り越せばタイムは短縮できる」ということになる。できれば明らかに強くなりそうな気がする。しかし北島は自分の泳ぐ感覚から、それは違うと感じていた。むしろ、ストロークはより遅く、一度のストロークで気持ちよく水に乗ることが重要だと。実際にその方向を究めてみると、よりタイムが伸びること、そして、自分の中にある泳ぎの感覚と一致していくことをつかみ、スランプから脱出し、五輪二連覇につながっていく。こうした先輩たちの積み重ね、日本水泳陣のチームとしての伝統と実績も萩野の強さの基盤を支えている。いつの五輪でも目立つ通り、水泳はリレーがあるとはいえ、基本的には個人競技。それなのに、日本水泳チームの結束はいつも固い。チームの雰囲気も萩野の背中を押す大きな力だったろう。