通州事件については最近、藤岡信勝氏が、数少ない生存者からの証言の直接取材によつて極めて具体的な現場検証に近い研究を発表してをられる。この事件を歴史の教科書に記載するといふ懸案も、氏が執筆者の一人である中学校用の教科書で実現した由である。

 そればかりでなく氏と同氣同憂の方々は、この事件をユネスコの世界記憶遺産に登録を申請する事にまで踏み込まれた。首尾よく申請が承認される事を祈るばかりである。只、肝腎なのは我々日本国民各自が、この悲惨な事件を、謂はば国民共有の記憶遺産として、日本国の直面する国際関係の諸問題に対処するに当つて常に意識の根柢(こんてい)に蔵しておく事である。

 同じ文脈で頭記の殉難者慰霊祭実行委員会代表の現代史研究家、水間政憲氏の「ひと目でわかる」との冠をつけたグラフ形式の近現代史再検証の連作が回を重ねて第9冊に達してゐる事の意味も大きい。重要なのは〈歴史を奪はれた民族は滅びる〉との有名な命題の裏返しとして、今我々は民族として生き延びるための条件である、忘却を強ひられた歴史の記憶を我が手に取り戻す事業を推進しなければならない、この一事である。

 念の為に注記しておくならば、靖國神社は嘉永6年の黒船来航以来、国事に身を捧(ささ)げて斃(たふ)れた人の霊を祀(まつ)るお社である。従つて済南事件、通州事件についても、日本居留民及び在外権益の保護といふ官命を受けての公務遂行途上で落命した軍の兵士達の霊は合祀されてあるが、外地で商工業に従事してゐた一般居留民の殉難者の霊は合祀されてはゐない。
終戦記念日に多くの参拝者が訪れる靖国神社=2016年8月15日、東京都千代田区
終戦記念日に多くの参拝者が訪れる靖国神社=2016年8月15日、東京都千代田区
 それは、戦闘員ではないが最後まで職場で公務についてゐて自決した樺太真岡の電話交換手達や、官命による学童集団疎開の途上で敵国からも安全を保障されてゐた乗船阿波丸を撃沈されて全員海没してしまつた一般乗客が合祀の対象になつてゐるのに、全国六十余都市に向けての米軍の戦略爆撃の犠牲者は、各自の生業の場での遭難である故に公務死以外は合祀されてゐないのと同じである。

 さうした宗教学上の問題はさて措いて、近現代に於ける対外関係の中での国民の殉難の歴史を想起し、改めて記憶に刻み、以て今日現在の戒めとするといふ試みは、やはり国民の守護神である靖國の英霊の大前でが適(ふさは)しいと思ふ。