身体的なハンデも武器に変えたスターたち


 ファベーラ出身のシルバ選手による金メダル獲得は、間違いなく今大会で最も感動的なシーンの1つだ。経済的なハンデに加えて、身体的なハンデを逆に武器に変え、多くのファンを魅了したアスリートがブラジルのスポーツ界にはまだいる。サッカー選手のガリンシャとジジは、50年代と60年代のブラジルサッカー界を代表するスター選手だった。ガリンシャはドリブルで、ジジはパスやフリーキックで非凡な才能を見せ、ペレにとって初めてのワールドカップとなった1958年のスウェーデン大会では、ブラジル代表の主力選手として活躍し、ジジはスウェーデン大会の最優秀選手に選出されている。
リオ五輪柔道女子57キロ級で金メダルを掲げるラファエラ・シルバ。(左から)銅メダルのモンテイロ、松本薫=8月8日午後、カリオカアリーナ(代表撮影)
リオ五輪柔道女子57キロ級で金メダルを掲げるラファエラ・シルバ。(左から)銅メダルのモンテイロ、松本薫=8月8日午後、カリオカアリーナ(代表撮影)
 スタミナがあまりなく、運動量の多い現代サッカーではジジは大活躍することはなかったかもしれないが、個人のスキルが試合を大きく左右した50年代、ジジの試合の流れを読む力とパスの正確性は他の追随を許さず、文字通りピッチを支配する選手だった。リオデジャネイロ州東部の町で生まれ育ったジジは、14歳の時にサッカーの試合中に右脚を負傷。傷口が菌に感染したため、医師は右脚の切断をすべきと家族に伝えたが、ジジと家族は切断を行わない治療を希望。1年近いリハビリを経て、ジジは再びサッカーをプレーすることが可能となった。

 やがてジジはフルミネンセやボタフォゴといったビッグクラブで活躍するスター選手となるのなだが、古傷をかばう目的で身に付けた独特のフォームから繰り出されるボールは通常とは異なる軌道を描いたため、ジジはこれをフリーキックで活用することにした。ジジのフリーキックは、野球のナックルボールのように無回転のまま急に落下することから「枯れ葉」という呼称で知られるようになり、多くのゴールキーパーを苦しめた。