「配慮」も処刑シーンで台無しに


 ただし、そうした「配慮」も、現実味に欠ける残虐な処刑シーンによって台無しである。病気などで客を取れなくなった慰安婦は用済みだと処刑され、終戦時には証拠隠滅のために慰安婦全員が処刑対象とされる。さらに、死体にはガソリンのようなものをかけて焼いてしまうのである。銃殺を命じられたのに引き金を引けなかった日本兵が薄笑いを浮かべた上官にその場で射殺され、慰安婦の死体と一緒に燃やされるというシーンまである。

 趙監督は、元慰安婦が心理療法の過程で描いた「燃やされる少女たち」という絵に衝撃を受けてシナリオを書いたという。だから処刑して燃やすシーンになったようだが、これは、さすがにやりすぎだ。

 この絵を描いた元慰安婦には、私もインタビューしたことがある。慰安婦にひどい扱いをする日本兵がいて、後頭部を激しく蹴り付けられて何日も意識を失うほどの大怪我をしたことがあると訴え、今でも傷が残っていると見せてくれた。当時の日本軍が中国で何をしたか考えれば、そうした乱暴な行為をする日本兵がいたであろうことは想像に難くない。日本人の一人として、非常に申し訳ない気持ちになった。

「和解・癒やし財団」の設立会合が開かれた建物前で抗議活動をする市民団体メンバー=2016年7月28日、ソウル(共同)
「和解・癒やし財団」の設立会合が開かれた建物前で抗議活動をする市民団体メンバー=2016年7月28日、ソウル(共同)
 ただ、この女性は気が付いたら病院にいて、1カ月入院したと話していた。映画に描かれていた部隊なら銃殺されたところだが、大事な商品である慰安婦を簡単には殺せなかったということだろう。特別に人道的な扱いというわけではない。私が読んだことのある資料は限られているが、慰安婦に対する暴力自体は珍しくなかったものの、病気の慰安婦を殺すというよりは、1カ月入院させて治療する方が普通の感覚のように思えるのである。

日本軍の関与は明白な事実である


 慰安所は旧日本軍の要請によって作られ、業者は軍によって管理された。軍は業者と慰安婦の移動に便宜を図り、コンドームも軍が支給した。慰安所は、部隊について移動することもあった。そして、親に身売りされたにせよ、あるいは就業詐欺にひっかかったにせよ、不本意な形で慰安婦になることを強いられた女性たちが多かったことも、実数は不明ながら推測できることである。結婚して慰安婦をやめた女性を部隊命令で強制的に慰安所へ戻した事例もある。慰安所の運営に日本軍が深く関与したのは明白な事実である。戦地や後方などという立地や業者の違いによって待遇は千差万別だったが、慰安婦の尊厳が尊重されていたなどは言えない。

 サンフランシスコ講和条約や日韓請求権協定がからむ「請求権」の問題になると難しい面が出てくるけれど、日本に道義的責任があることは明らかだ。そう考える日本人も、この映画で出てくる処刑シーンのようなものを出されると考え込むことになるのではなかろうか。自分たちの考える正義を絶対視し、それを受け入れない他者を全否定するかのような姿勢は、結果として、自らの理解者になってくれるかもしれない人をも遠ざけてしまうのである。

 要するに寛容さの欠如であるが、反対の立場に立つ人の中にも大同小異の人がいる。典型例が、ソウルの日本大使館前に建つ少女像の撤去が慰安婦合意で日本が約束した10億円拠出の条件になっているという主張である。