そもそもGPIFはなぜ公的年金積立金の運用を行うのか?

 ところで、そもそも何故GPIFは、130兆円とか140兆円と言われるほどの巨額な年金積立金を有していて、それを運用する必要があるのであろうか?

 そう質問されると、多くの方は、公的年金の受給資格者が受け取る年金は、公的年金の積立金を取り崩して支払われるからと考えるのではないだろうか?

 しかし、それは不正解とまでは言わないものの正解とは言えない。何故ならば、支給される年金の大部分は若者たちが負担する保険料から支払われ、その次に国庫負担(税金)が来て、年金積立金の取り崩し分は全体のごく一部に過ぎないからだ。

衆院予算委員会で答弁する安倍晋三首相=2016年2月5日、国会・衆院第1委員室(斎藤良雄撮影)
衆院予算委員会で答弁する安倍晋三首相=2016年2月5日、国会・衆院第1委員室(斎藤良雄撮影)
 要するに、今の日本の公的年金システムは純粋の積立方式ではなく、実態は賦課方式に近いものなのだ。

 だとすれば、本来積立金を保有しておく必要が必ずしもある訳ではなく、また、積立金の運用も必ずしも必要ではない。

 では、何故いつまでもそのような巨額な積立金が維持され運用が続けられているかと言えば、その積立金がもたらす果実に官民の関係者が群がるからだと言える。

 要するに、巨額な積立金の運用を行うためには、それなりの組織が必要となるが、それは天下り先確保にやっきとなる官側にとって好都合であるだけでなく、民間も積立金の運用ビジネスに伴って巨額の手数料を稼ぐことができるからである。

 しかし、考えてみれば、公的年金を支給するために国が、一方でその財源の一部を負担しながら、他方で積立金を運用しているというのでは、国は借金をしながら、そのお金で国債や株式に投資しているのと等しいと考えられる。お金に余裕があって株式投資をするのであればまだ分かるが、借金をしてまで国が株式投資をする必要があるのだろうか?

 そうしたことから考えるならば、年金積立金を保有する余力があるならばその分国債の償還に充てればいいという議論も成り立つ。