しかし、これは公的年金の運用を決定的に歪めた。

 第一に、年金のオーナーである国民が必然的に誤解することになった。ハイリスク・ハイリターンの運用に切り替わったのに、国民は以前と同様にリスクの低い運用をしていると思っていたからである。なぜなら、政府とGPIFは、新しい「リスク」を用いて、新しいポートフォリオは以前の構成よりもリスクが低くなった、さらに全額日本国債で運用するよりもリスクは低くなると説明したからである。もちろん、実際は構成見直しで株式を倍増したのだから、通常のリスク、資産価値の変動も倍増した。当時の説明資料においても、17% の確率で10兆円以上の損失が出ることは示されていた。だから、10兆円の今回の損失はGPIFにとっては、よくあることが起きただけなのである。しかし、国民は10兆円の損失に驚いた。にもかかわらず、GPIFは驚く国民に対し、10兆円の損失はたいしたことではない、心配することは意味がないと国民を諭すような記者会見を行った。国民のGPIFへの不信は決定的に深まった。

 第二に、より本質的に国民を騙したことにある。なぜなら、年金制度は国民のものであり、意思決定権は国民にある。運用に関して、ハイリスク・ハイリターンかローリスク・ローリターンを取るかは国民が選択すべきで、実際にこれまでは国民の意向を政府とGPIFが勘案し、最小限のリスクでやってきたのである。この国民の意向は変わっていないのに、政府が180度方針を変えてハイリスク運用に踏み切り、それはローリスクだと国民をミスリードしただけでなく、他に選択肢がないように国民に思わせたのである。これが致命的な年金運用不信を国民にもたらした。

 なぜなら、国民にはローリスク・ローリターン運用という選択肢が存在するからである。年金制度からの要請で利回りが名目賃金上昇率+1.7%とされており、名目賃金上昇率は2.8%と想定されているから、運用利回り目標は4.5%となる。現在、世界は低金利下が進行しており、これは一時的なものではなく、長期的な構造変化であることは、世界の金融関係者や運用関係者のコンセンサスである。したがってこの中で4.5%の目標を掲げ、130兆円もの資金を運用するとなれば、極めてハイリターンにならざるを得ない。それならば目標をあきらめて、財源を増税などで確保するか給付を削減するといった、年金制度自体の調整の選択肢も当然あるのである。これは制度と運用を一体で議論しなくてはいけない。ただ、政治的に制度変更は無理なので、すべての歪みを運用で処理しようとしたのである。制度のほうでは運用利回りを想定してこれで安心と言い、運用側には制度の維持のために4.5%で、ということになる。何より制度維持が優先されたのである。

 これまでの年金運用では、全額国債で運用するのと同じリスク、つまり「最小限のリスク」だから、運用することに国民も反対する理由はなかった。しかし2014年10月に大きく変更されてしまったのである。国民は、制度を変更するかハイリスクで運用するかの選択に迫られたのであるから、本来であれば国民にきちんと提示され、国民が議論して決定しなければ、前には進めないはずだった。

 それにも関わらず、政府とGPIFは国民をまったく無視し、自分たちの都合で運用変更を行った。ポートフォリオの変更に気づかなかった国民やメディアも悪いが、気づかなければいいというものではない。実際、今回の損失だけみれば何ら騒ぎ立てる必要のないものだ。それにも関わらず、愚かにもハイリスク運用に転換していたことを気づいていなかった国民とメディアは大騒ぎになった。ここから信頼を取り戻すことは不可能である。騙されたと思った人から信頼されることはない。