田中さんは、キャラクターだけでなく、構想力も一流だった。田中さんが発表した「都市政策大綱」という論文がある。簡単に言えば、日本列島をひとつの大きな都市圏にしようという構想だ。これが『日本列島改造論』につながり、そのおかげで現在、北海道から九州まで1日で往復できるようになったのだ。

 田中さんへの3度めのインタビューを終えた日、「ちょっと田原、待ってろ」と言われ、僕の目の前に白い封筒が置かれた。現金だとすぐにわかった。僕は、とうとう来たかと思った。これを受け取れば、ジャーナリストとしての終わりを意味する。だが、受け取らないと田中さんのメンツをつぶすことになる。迷いに迷った末、いったん、封筒を受け取って、その足で事務所に行き、秘書の早坂さんに「お返ししたい。もしダメなら僕からの寄付というかたちで受け取ってほしい」と伝えたのだ。早坂さんは快く受けてくれた。その後、彼とは非常にいい関係を続けた。

 実は、この出来事は、その後の僕にとって、大変なメリットとなった。政治ジャーナリストをしていると、さまざまな政治家が秘書などを介してお金を持ってくるのだが、「あの角栄さんのお金を受け取らなかったのだから、あなたからもいただくわけにはいかない」と、穏便に断ることができるのだ。田中さんが引退し、亡くなってからもう何年も経つというのに、いまだにこの台詞(せりふ)が通用する。なんという存在感であろうか。

 今、田中角栄ブームが起きているのは、現在の政治に構想力が足りないせいだろう。アベノミクスの第1の矢の「金融政策」と、第2の矢の「財政政策」が奏功して、株価が上がった。しかし、第3の矢である「成長戦略」のための構造改革は進んでいない。構造改革は、改革した後どうするのかという構想が必要なのに、そこを描き切れないからだ。

 もし、いま「田中角栄」がいたら、新しい構想を打ち出して国民に見せていただろう。守りに入ってばかりでチャレンジしない政治家たちの中からは、新たな「田中角栄」は出てこない、と僕は思う。政治家たちは、この「田中角栄ブーム」を、どう見るのだろうか。