では、SMAPにおける「平成」性はどうだろうか。すぐに思い浮かぶのは、「平成不況」という言葉に代表されるバブル崩壊後の気分である。筆者は『SMAPは終わらない』のなかで、SMAPについて、ディスコ的なドレスアップを追求するジャニーズにあってクラブ的なドレスダウンという方向性を示したことの意義深さを論じたが、それまでのジャニーズにあるまじきカジュアルさを打ち出したSMAPは一方で、バブル崩壊後のリアリスティックでシリアスな気分を反映しているようでもある。なかでも、そのような気分をもっとも強く示した曲は、SMAP初のミリオンセールとなった「夜空ノムコウ」(1998)だろう。切なさを含んだR&B風のこの曲は、「あれから僕たちはなにかを信じてこれたかなあ」と歌われる。社会学者の鈴木謙介は、自身のラジオ番組『文化系トークラジオLife』(TBSラジオ)の「失われた10年~Lost Generation?」という特集を組んだとき、「失われた10年という言葉にぴったりの、その失われた感じっていうのを歌った大ヒット曲ですね」という言葉とともに、「夜空ノムコウ」をプレイしていた。その鈴木は『SQ “かかわり”の知能指数』(ディスカヴァリー21)で、「バブルが崩壊すると、一階に「黄金時代」の価値観、二階に消費社会的な生き方を積み重ねた、二階建ての日本型消費社会のシステムは、本格的に壊れ始めます」と指摘したうえで、「ロストジェネレーション」について述べている。
(イラスト・不思議三十郎)
 いわく、バブル崩壊の時期に社会に出ることになる「七〇年代生まれ」の「ロストジェネレーション」(もちろん、SMAPの世代である!)は、「ポスト黄金世代の二階建ての価値観を受け継」ぎながらも、「不幸なことにそれを達成するがない状況に直面してしまった世代」である、と。経済状況の変化は、社会における価値観や生きかたの変化にも関わる。「あれから僕たちはなにかを信じてこれたかなあ」という歌詞は、信じていたものがことごとく崩壊していく「平成不況」の日本を歌っているようである。いや、鈴木洋仁『「平成」論』(青弓社)が問題にするように、「平成」という時代の気分や精神を一義的に確定することは難しいのであれば、むしろ、「いわばユーレイのような、いるのかわからない、捉えどころのない時代」としての「平成」(『「平成』論)の気分こそが、「夜空ノムコウ」で歌われていたのかもしれない。そんな不確かな時代において、自由に、カジュアルに振る舞っているようなSMAPこそは、「1990年代」=「平成」のアイドルとしてふさわしかった。

 このようにSMAPは、西暦としての「1990年」性と元号としての「平成」性というふたつの時代性が抱えられている。洗練されたR&B/UKソウルのサウンドで「1990年代」の音楽との同時代性を感じさせながら、「平成不況」にともなう「失われた10年」の気分を歌う「夜空ノムコウ」はしたがって、「1990年代」性と「平成」性というSMAPが抱える二重性を体現している。この曲がSMAP初のミリオンセールとなったのは、その意味で象徴的な出来事だった。「夜空ノムコウ」によって、SMAPはいよいよ国民的アイドルとなったのだ。