団塊ジュニアは、後に「失われた10年」、「失われた20年」と言わるようになる不況下に社会に出た世代だ。00年代にはロストジェネレーション(失われた世代)などとも呼ばれた。就職氷河期に社会に出たために、苦しい思いをして、なんとか就職した人もいれば、就職せずにフリーターになって不正規雇用の仕事を転々としている人もいる。また、インターネット黎明期にIT企業を立ち上げたり、ネットサービスを立ち上げた人も多い。元ライブドア社長の堀江貴文(72年生まれ)、匿名掲示板・2ちゃんねるを立ち上げたひろゆきこと西村博之(76年生まれ)やソーシャル・ネットワークサービスのmixiを立ち上げた笠原健治(75年生まれ)、はてなダイアリーをたちあげた近藤淳也(75年生まれ)。ちなみに漫画家では木村拓哉が愛読する『ONE PEACE』の作者・尾田栄一郎が75年生まれだ。

 昭和の終わりと平成のはじまり、バブルの好景気と長きにわたる不況、そしてインターネット以前と以降。古い価値観と新しい価値観の狭間を生きてきたのが団塊ジュニアで、それだけに新旧どちらの気持ちもわかるというのが70年代生まれの大きな特徴だろう。

 文化面で言うとテレビや漫画や活字といった旧メディアの恩恵を享受する一方で、インターネットや携帯電話に最初に触れた世代である。これが、自分たちより前の世代だと、雑誌やテレビといった旧メディアの影響が強く、自分たちより下の80年代生まれ以降になるとインターネットと携帯電話の存在が当たり前となっていく。88年という昭和末期に結成され、平成のはじまりと共に成長していったSMAPもまた、古さと新しさの両方を備えたグループだった。

画像はイメージです
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 かつて、アイドルの活動拠点は「ザ・ベストテン」(TBS系)や「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ系)といった歌番組だった。しかしそれらの歌番組が軒並み終わった後でアイドルとしてデビューしたSMAPは、就職氷河期ならぬアイドル氷河期と呼ばれた芸能界で、今までのアイドルとは違う道に進まざるおえなかった。だから彼らは、歌番組だけでなく、バラエティ番組にもテレビドラマにも出演し、ニュース番組の司会をして文化人とも対等に渡り合わないといけないというマルチプレイヤーとして活躍しなければならなかった。今では当たり前のことのように思えるが、それはとても画期的なことだった。

 様々な戦場で戦い抜いた結果、SMAPは、ただカッコよく笑って踊っていれば許してもらえたアイドルとは違う、歌も演技も笑いも教養もあるという存在にSMAPは成長していった。

 あらゆるジャンルを同時に攻略しようと進出していったSMAPだったが、もちろん、そのすべての場所に置いて彼らが一番だったわけではない。どのジャンルにおいても、彼らよりも優れた表現者はたくさんいて、本職では敵わないことは彼らが一番わかっていただろう。しかし、これは今考えればとてもアイドル的だと言えるのだが、それぞれのジャンルを同時に進出して人気を獲得することで、彼らの存在感は大きくなっていった。何より多くの人々が彼らを認めていったのは、彼らのパフォーマンスや発する言葉が、背後にいる大人に無理やりやらされているものではなく、彼ら自身が自発的に発しているメッセージのように見えたからだ。

 つまりアイドルでありながら、自分の意思で行動するアーティストのように見え、それを声高に叫ばないバランス感覚が、彼らを魅力的な存在として輝かせたのだ。そして、いつの日かSMAPは国民的アイドルと言える存在に成長していった。