さて、蓮舫氏だが、彼女の場合は台湾人の父と日本人の母のもとに生まれたハーフである。しかも、出生時の国籍法とその後の法改正の流れから、二重国籍者となっていた。二重国籍になった経緯こそ故意ではないが、その維持はどう考えても本人の意思であると考えるべきが自然だ。そもそも国会議員である以上、国籍を意識したり、確認したり、不備があればそれを修正するチャンスは、普通の人以上にあったはずだからだ。


 二重国籍の故意性は、自分の子供に中国風の名前をつけたり、戸籍名である「村田蓮舫」は名乗らず、「蓮舫」という中国名だけを利用しているなど、彼女の日々のブランディング戦略からも散見される。少なくとも、タレントでもある蓮舫氏にとって、二重国籍という事実は、手放しがたい魅力的なツールであり、設定という意識はあったはずだ。

 国会議事堂内でハイブランドの最先端ファッションで身を固め、ファッション誌の撮影をするぐらいの蓮舫氏である。流行には敏感であろうし、より個性的なキャラクター設定の維持やブランディングには人並み以上の関心があったはずである。
民進党代表選への出馬を表明し、会見場を後にする蓮舫代表代行
=8月5日、東京・永田町の民進党本部
民進党代表選への出馬を表明し、会見場を後にする蓮舫代表代行
=8月5日、東京・永田町の民進党本部
 蓮舫氏が自身のブランディングやキャラクター維持のために、あるいはより長期的な戦略のために「違法ではなく、手続き不備」という盲点を突いたテクニックで、道義的・良識的には許容しがたい二重国籍状態で日本の国会議員を演じ続けているとすれば、政治家という職業すら、彼女のブランディングツールでしかないのではないか、と思えてしまう。

 もちろん、現段階では、二重国籍であることに目先の利益はない。それでも、長い目で見れば、様々な利用方法の可能性が広がるのが二重国籍の魅力だ。台湾国籍であれば、保持していても差し迫ったマイナス要素はない。

 二重国籍という事実が「過失」ではなく「故意」だとすれば、不適切といった批判では収まらない、もっとシビアな問題だ。「不備でした。ゴメンなさい」と「意図的に二重国籍でした。バレました?」では同じ二重国籍でも、意味合いも印象も大きく異なる。むしろ、「国会議員にもかかわらず手続き不備」という点に批判が向くことは、蓮舫氏にとっては、ダメージを最小限に抑える落とし所でさえある。

 有権者は、日本人・村田蓮舫に一票を投じたのであり、台湾人・謝蓮舫に投じたわけではないはずだ。民主党政権時代、日本の国際競争力や安心安全をバサバサと切り捨てる「事業仕分け」をした当事者が外国籍保有者だった・・・という事実を考えると、不可抗力に起因する法の盲点とはいえ、やはり恐ろしい。

 日本国籍者の外国籍放棄は、現行法では「努力義務」に過ぎないため、公職選挙法による罰則規定や当選無効などはない。しかし、事態の重大さを考えれば、15日投開票の民進党代表選の延期もさることながら、国会議員を辞職し、改めて一人の日本人として立候補し、国民の信を問うべきではないのか。

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