ただ、有名タレントのようなセレブでもなければ、私たち一般人が海老蔵さんや逸見さんのように有能な医者探しをするというのはなかなか難しい。大病院に行ったところで、どの医者が担当するかは分からず、それは病院側に託される。

 どんな人にもあるのが生命への執着で、それこそが生きている証なのだが、それと対峙する医師は大きな責任を負うだけに「医療ミス」の可能性については隠ぺいしやすいのが現実だ。巨泉さんのようにミスがすぐに分かった話ばかりではない。あの東京女子医大でさえも過去、手術中に亡くなった患者のカルテ改ざんがあったほどだ。これは遺族が医療ミスを疑って調査を申し出たことで、警察も捜査に踏み切ったものだった。

 こうしたことをゼロにすることは私たち自身の手では不可能なことで、揉めたところで死者が帰ってくるわけでもない、あくまで事後のトラブルに過ぎず、結局は名医だろうがヤブ医者だろうが私たちは医師たちに我が命を委ねる、死ぬ可能性も含めてそれを委ねるという覚悟に立たされることに変わりはない。

 その点で軽視できないのが「かかりつけ」の医者の役割だ。変な例えだが、今日初めて乗った新車では小さな異常があっても気づきにくいが、3年間乗り続けた愛車なら、微細な違和感も気付きやすい。日ごろから自分の体調をデータとして持っている「かかりつけ」の医師は少なくとも最初のチェックゲートになる可能性は高く、もっと重要視されてもいいのではないか。

 かかりつけ医は北欧のデンマークなどが法的な制度を厳格に運用している。これは患者がまずかかりつけ医の診察を経ないと専門医療を受診できないというもの。ヨーロッパではこのかかりつけ医の方が高収入であるケースも多く、中でも先進のデンマークでは自分で治せる軽い風邪程度の病気については病院が対応せず、薬も処方しない。代わりに大きな手術や難しい治療が必要なものは無料、すべて税金で医療費をまかなっていることで、入院患者を減らすことにも成功。眼科や耳鼻科などは例外とするなど柔軟な対応もとっている。日本では些細なことでも病院を利用するため、ちょっとした症状でも多数の検査をしてしまい、病院内は常に混雑。重い症状の人の手当てが遅れ、慢性的な医師不足にも陥っている。その流れでは医師の技量も向上しにくく、高齢化社会に嫌でも向き合う日本にとっては検討すべき重要な話だ。