巨泉さんの担当医が、どのぐらい巨泉さんと付き合いのあった医師なのかは分からないが、重病には相応の慎重な判断が求められ、それには医師の環境も含めた国民全員の意識改革や議論が必要かもしれない。
 筆者も実は長年の「かかりつけ医」に頼っていて、逆流性食道炎や過敏性腸炎を患っていたことで、少しでも具合が悪くなると「とりあえず診察」をしてもらってきた。その点では医師を酷使しすぎたと反省する次第だが、6年前に医師が亡くなって病院自体が閉院。そうなると長年の治療履歴が書かれたカルテ(医療情報)が『特別な事情がないかぎり渡せない』と、別な病院への資料提出も拒まれてしまった。マイナンバー制度の導入でカルテの共有ができるようになったということでは、ひと安心する部分もあるが、新たなかかりつけ医が定着するまでの間は非常に不安であり、我が身をもって日本が「かかりつけ医」の問題を認識した次第だ。新たな医師にイチから病状を説明しても、それはあくまで表面的な症状を伝えているにすぎず、きちんと理解してもらえるのか疑問だった。いまも新たな担当医には、その肩書きだけでは見えない「信頼」を構築できているとは言いきれず、いつなんどきそれが「薬の過剰投与」みたいなことになるかとも思ってしまう。

 もし、信頼できる「かかりつけ医」にすべてを預ける覚悟が私にあれば、たとえ医療ミスで死んだとしても、死の瞬間「先生に任せたのだから、これも天命」と思える気がするが、そうでないなら遺族ともども無念極まりない。巨泉さんの死については、医学的な知識がないからその治療方法の是非にまで触れることはできないが、ひとつ問えるとすれば、「命を預けられる医師と出会えてましたか」ということ。医師も人間である以上、ミスは起こしてしまうもの。それだけに我々は必要とするのは、医師との信頼をどうやって作っていくか、である。制度の見直しは急務だと思う。