日本会議の代表役員のなかに、手かざしで知られる新宗教、崇教真光の教え主岡田光央が含まれていて、崇教真光は日本会議の大会に大量動員を行うなど、熱心に活動している。

 その崇教真光の創立者、岡田光玉は、世界救世教の元信者であったが、世界救世教の創立者、岡田茂吉は大本の幹部であった。

 現在の大本は、教団のあり方も変わり、日本会議に加盟しているわけではないが、日本会議のルーツの一つなのである。
大本の聖地、梅松苑にある「みろく殿」。「長生殿」が出来るまでの40年間、中心神殿だった=京都府綾部市
大本の聖地、梅松苑にある「みろく殿」。「長生殿」が出来るまでの40年間、中心神殿だった=京都府綾部市
 そうした側面から、日本会議を見ていくことも、今必要なことではないだろうか。

 それにしても、日本会議についての本が立て続けに出版され、多くの読者を獲得している状況は不思議である。

 実は私は、少し前に『日本会議と創価学会』といった本を書こうとして準備も少し進めていた。

 ところが、「日本会議ブーム」が起こったことで、組織としての実態を必ずしも持っていないこの団体が、あたかも最近の日本を動かしてきたかのようなイメージが作られてしまった。

 そうした予想外な事態が起こったので、『日本会議と創価学会』はとりあえずお蔵入りにしたのだが、本当に日本会議には、関連の書籍が指摘しているような力があるのだろうか。

 私はたまたま、今年の3月、地震前の熊本で、日本会議の熊本支部が街頭で活動しているのを目撃した。ただ、全国で同じような活動が展開されているのかと言えば、そうではなく、むしろ熊本だけが熱心であるようだ(街頭で日本会議が活動している写真は必ず熊本である)。

 日本会議が右派運動の中心という見方は、分かりやすいかもしれないが、事実とはずれている。私たちは、冷静に日本会議の存在意義を評価しなければならないだろう。