もんじゅの存続を求める声もあるが、それには規制委の新規制基準をクリアすることが必要だ。大改修にはおそらく数千億円の巨費を要する。ようやく再稼働にこぎつけても運転の40年制限が目の前では意味がない。

 核燃料サイクルを軌道に乗せるためにも、もんじゅの廃炉は避けられない。問題は「ポストもんじゅ」をどうするかだ。もんじゅは不要でも高速増殖炉と核燃料サイクルは必要不可欠である。今はウラン価格が安定し、油価も下がっているが、この状態が将来も続くと見るのは早計だ。核燃料サイクルによるウランの長期利用の実現が賢明な策である。

 もんじゅより一段高い実証炉レベルの高速増殖炉建設を目指す道がある。それに応える技術者はいないのか。もんじゅが建設された80年代に比べ、素材もシミュレーション技術も隔世の進歩を遂げている。高速増殖炉の真価を発揮する新たな「シンもんじゅ」の開発を期待したい。

 フランスが2030年ごろの稼働を目指す高速炉・ASTRIDの共同開発も選択肢の一つであろう。ナトリウムを使う高速増殖炉の開発は難しいという批判があるが、それは当たらない。ロシアでは高い稼働率で運転している。

 もんじゅの今後についての議論には、国際的課題としての視点が必要だ。2年後に日米原子力協定の更新時期が迫っている。非核保有国の日本が、原発の使用済み燃料を再処理し、高速増殖炉などで使うプルトニウムを取り出せるのは、この協定があるためだ。

 もんじゅの廃止を、核燃料サイクルからの撤退準備と米国が受け止めれば、日本のエネルギー政策の将来は根底から揺らぐ。廃炉だけが前面に出がちな議論は、極めて無防備で稚拙である。国内での議論の進め方にも問題が多く、気になるところだ。

 もんじゅの地元の福井県や敦賀市は、蚊帳の外に近い状況に置かれている。建設時点から、多大な協力を惜しまなかった地元の人々を軽視するような対応では、真の原子力文化は育たない。