感情のコントロールと移入


 トランプ候補は、前述しましたようにテレビ討論会でメール問題及びクリントン財団における便宜供与疑惑を突いて、クリントン候補に対する不信感を増幅させる戦略をとるでしょう。同候補はトランプ候補に追い詰められたとき、感情的になって議論しないことが必須です。というのは、有権者の中には女性は感情的でリーダーには適格ではないというステレオタイプ(固定観念)を持った有権者がいるからです。同候補が、トランプ候補の攻撃に感情的になってしまうと、米軍最高司令官に女性は適さないというステレオタイプを強化してしまう危険があるのです。

 第2回目のテレビ討論会では、トランプ・クリントン両候補に感情移入の有無が求められます。第2回目の討論会は市民集会の形式をとり、会場の「決めかねている」有権者が直接候補者に質問をします。その際、候補者は質問をした有権者の立場に立って感情移入ができるか否かが問われます。討論会で感情移入の欠如が致命的になったケースを以下で紹介しましょう。

8月26日、米ネバダ州ラスベガスで開かれた会合に参加したトランプ氏(ロイター=共同)
8月26日、米ネバダ州ラスベガスで開かれた会合に参加したトランプ氏(ロイター=共同)
 1992年の大統領選挙は、経済が最大の争点でした。選挙はH・W・ブッシュ大統領、ビル・クリントンアーカンソー知事(共に当時)、テキサス州の富豪家ロス・ペロー氏の3つどもえの戦いでした。市民集会の形をとったテレビ討論会で、会場のアフリカ系の若い女性が3人の候補者に次のような質問をしたのです。

 「国の財政赤字は、3人の生活にどのような影響を与えていますか」

 この質問に、ブッシュ大統領は不可解な表情を浮かべながら「あなたの質問の意味がよく分からない」と答えてしまったのです。それに対して、クリントン知事は「あなたは家を失った人を知っているのですね」と言いながら、質問をしたアフリカ系の有権者に歩み寄ったのです。同知事は、この有権者に感情移入をして理解を示し、彼女との物理的及び心理的距離の双方を縮めて味方につけることに成功したのです。

 この2人の対応の相違が、選挙戦に影響を与えました。ブッシュ大統領は経済状況が悪い中で生活に苦しんでいる国民が多いのにもかかわらず、それに対する認識が欠如しているという印象を有権者に与えてしまいました。しかも討論会の最中に、同大統領は腕時計を見てしまったのです。この動作は、「討論会に集中していない」「早く終わりたい」というメッセージを有権者に発信してしまいました。

 討論会後、これらの場面がメディアによって繰り返し放映されたのです。市民集会のスタイルをとる討論会では、会場で質問をした有権者に対する感情移入の有無が勝敗を決すると言っても過言ではありません。

コイントス


 最終弁論で有権者に好印象を残すチャンスが高いのは後攻めです。運としか言いようがないのですが、コイントスで勝ち後攻めを選択する必要があります。12年米大統領選挙の第1回目のテレビ討論会でロムニー元知事はコイントスに勝ち、後攻めを選び有利に立ちました。最終弁論において有権者に記憶に残る言葉を発することができるかが極めて重要な要因になります。

テレビ討論会のポイント


 さて、トランプ候補は共和党候補指名争いで11回のテレビ討論会をこなし、容赦なく相手候補を攻撃しノックアウトしてきました。その一方で、本選に入ると同候補は大統領らしく振舞い柔軟な姿勢も見せています。テレビ討論会で、主としてどちらのスタイルをとるのか、あるいは混合型をとるのかにも注目です。言い換えれば、どちらのトランプ候補が討論会に登場するのかです。いずれにしても、同候補はクリントン候補にとって決してくみし易い相手ではないことは確かです。

 トランプ・クリントン両候補にとってテレビ討論会の成否は、第1に効果的な非言語コミュニケーションの実践、第2に相手に攻撃された際の有効なブレンド戦略の活用、第3に感情のコントロール、第4に会場で質問をした有権者に対する感情移入、第5に効果的な最終弁論、にあると筆者はみています。