EUが難民の受け入れを拒否して、受け入れ条件の整っていないトルコに送り返すのは、HRWがいう「道徳的、そして法的に、難民問題の負担を分担する責任」だけでなく、結局、治安の問題として欧州に跳ね返ってくる。

 シリアは内戦前、強権体制のもとで政治的な自由はなかったが、公共教育は行われ、シリア人は特に教育熱心な国民だった。私は昨年9月、イスタンブールでシリアから逃れている難民たちを取材したが、学齢期の子供を何人も連れた家族の姿が目立った。親たちは「子供の将来が心配だ」と口をそろえ、子供を育てる安定した環境を求めて、家族連れで、地中海をゴムボートでわたるような危険な密航という無謀な賭けに身を投じる。

 国連難民救済機関(UNHCR)によると、2015年に中東や北アフリカから海をわたって欧州に入った約100万人の難民のうち、17歳以下の子供が24%、女性が16%だった。女性や子供が全体の4割を占める。残る成人男性の中に、家族を連れている父親が相当数いると考えれば、欧州を目指す難民の半数以上が「家族連れ」ということになる。

 難民をトルコに強制送還するEUの措置は、子供の将来を心配する親たちの必死の思いに背を向けていることになる。


難民たちの海での遭難は過去最高


 トルコに強制送還する措置で、地中海東部の密航は大幅に減り、難民たちの悲劇も終わったかと言えば、そうではない。地中海の密航で船が転覆するなどして溺死したり、行方不明になったりした数は、ドイツにある国際移民データ分析センターの発表では、2016年の上半期6カ月で2901人だが、これは過去最高だった2015年上半期の1838人よりさらに37%増えた。2014年上半期の743人の3・9倍。今年の死者・行方不明者の86%にあたる2484人が、リビアからイタリアに渡る地中海中部で起きている。

 地中海中部で密航者の遭難が増えていることについて、市民組織「地中海ウオッチ・アラームフォン」では「EUとトルコの合意によって、難民たちが長い距離で、より危険な公開となる地中海中部ルートに移ってきている」と分析している。EUとトルコの合意ができ、欧州にたどり着く難民の数は減少したが、トルコなどシリア周辺国に残る難民の状況は改善されておらず、難民たちがより追いつめられていることを示唆している。