外国人はロボットではない


 リオ五輪も終了し、東京は次の開催地として世界の注目を集め始めていますが、話は競技場の建設や「おもてなし」など、どうしても形に見えるものや表面的なイメージに終止しています。しかし、そのような中で国民は苦役と捉えてしまうほどの低賃金で働き、1077万世帯いる夫婦共働きでも苦しいと感じる人が多く、賃金格差は開くばかりです。そんなご時世でも企業は役員報酬を下げるどころか、外国人労働者を安価な給料で雇用しているのですが、日本は外国人に労働ビザを発給していないため、実質的な労働者を技能実習生として呼び込んでいます。曖昧な定義で、本来禁止されている実習生の単純労働を常態化させながら、人を人として思いやることのできない経営者は「本国より遥かに高い賃金を払っている」などと言いますが、彼らは日本で生活しているのです。さらに、政府は国家戦略特区として外国人メイドの受け入れや今後必要とされる建築労働者を確保しようとしていますが、これでは後世に私達の子孫が「当時の世情を利用し半強制労働させられた」との恨みを買うでしょう。

 確かに東京五輪に向けて、建設業界を中心により多くの働き手が必要であることは確実です。しかし、言語も違えば物事の概念も生活習慣も異なる、意思疎通や理解が難しい外国人を呼ぶより先に、日本に潜在する体力が充実した「ニート」(15歳から34歳まで)56万人に目を向けるべきでは? 世間に貢献する企業なら、高齢化社会において「ニート」の定義に該当しない35歳以上の非労働人口を含む200万人以上の労働可能な働き手に、最低限の生活ができる程度の賃金を払って雇用すべきですが、これに加えて外圧に負けない政府の国民雇用と外国人対策、経済政策の覚悟が大前提となります。

 人を人と思わず、働くロボットのような感覚で外国人を安価に使い、自国民の消費だけを狙う企業が経済的横暴を内外に続ければ、日本国民は国際化どころか手痛いしっぺ返しを食らうでしょう。
 外国人労働者はロボットではありません。来日して働くならまず言葉の問題をクリアしなければならず、真に日本の国際化を目指して雇用するなら、日本語学校などでの言語習得が必須。でも企業がそこまで彼らをフォローするのでしょうか。それとも派遣社員と同じく使い捨てするつもりでしょうか。

 また彼ら外国人労働者だって恋もすれば結婚したいし、子供だって生まれます。生まれた子供には親も日常使う自国の言葉を習得させたいし、母国の文化習慣は大切にしてもらいたい。「郷に入っては郷に従え」などと自分に課すのは日本人だけで、それができないからこそ世界に民族紛争が耐えず、これを鎮圧するために警察が出動し、鎮圧された国民の国は自国民への虐待虐殺を防ぐために軍を派遣する、これが戦争のきっかけになっている事を学ぶべきでしょう。

 「人権」の呪文に金縛りに遭いやすい日本人は、「外国人人権拡張」のビジネスを多少やり過ぎて儲けていても、同情心と同調圧力からこれを許容することを国際化と勘違いしています。そして国民性を利用する外国勢力の思う壺に、もうはまっているのです。

 池袋の街角に積まれた新聞のような中国人向けフリーペーパーには、「旅券のない方・ビザの切れた方・他人の旅券で来日した方と日本人の結婚」をうたった広告や、中絶堕胎を請け負うモグリの医者の広告などが堂々と掲載されていますが、彼らが楽に生きることを求める人間であることに思いが至らず、道徳格差のタブーを怖れて向き合わずに「国際化」とは先が思いやられます。
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 しかも、国策として移民を受け入れるなら、そのインフラを整える責任を国民が税負担で負うことになり、外国人への人道的応対の陰に日本人への非人道的経済負担が強まることは確実。本来、国家と国家の間には交流だけでなく距離も必要です。閉鎖的なのは制度ではなく日本人の脳回路であり、偽善的な笑顔で人権の同調圧力をかけるようなら、日本は自滅するでしょう。