激しさを増す沖縄2紙への “偏向”報道批判

 直接のきっかけはふたつある。ひとつは2013年1月、沖縄の市町村長や県議たちが東京・銀座でオスプレイ配備反対のデモ行進を行ったときのことだ。日章旗や旭日旗を手にして沿道に陣取った集団が、沖縄のデモ隊に向けて「非国民」「売国奴」「中国のスパイ」「日本から出ていけ」と、あらん限りの罵声をぶつけた。彼ら彼女らは、日ごろから外国人排斥運動に参加している者たちだった。

 沖縄の人間を小馬鹿にしたように打ち振られる日章旗を見ながら、沖縄もまた、差別と排他の気分に満ちた醜悪な攻撃にさらされている現実に愕然とした。

 ちなみにデモ隊の先頭に立っていたのは当時那覇市長だった翁長雄志氏(現沖縄県知事)だった。翁長氏が政府に対して強い姿勢を見せるようになったのは、この日の光景を目にしたことがきっかけのひとつだといわれている。
記者会見する翁長雄志知事
記者会見する翁長雄志知事
 もうひとつは、いまから約1年前だ。自民党の学習会における議員たちと、講師に呼ばれた作家・百田尚樹氏の発言である。
「沖縄の特殊なメディア構造をつくったのは戦後保守の堕落だ。左翼勢力に完全に乗っ取られている」
「沖縄の新聞はつぶさないといけない」

 以前から存在した沖縄メディアに対する〝偏向報道批判〟が蒸し返されたのだ。

 メディアを叩くことで、戦後の日本が少しずつ勝ち取ってきた人権意識を覆そうとする動きが広まっている。しかも、攻撃の担い手はいわゆるネトウヨと呼ばれる者たちだけではなく、国家権力のど真ん中にも生息する。そうした者たちにとって、政府への批判を躊躇(ちゅうちょ)することなく紙面で展開することの多い沖縄2紙(「琉球新報」「沖縄タイムス」)は、まさにつぶすべき「敵」だった。わかりやすい標的だった。〝偏向報道批判〟と沖縄ヘイトは同じ文脈の上に成立している。

 私はこれを機に沖縄へ通うようになる。国会議員や一部世論から「敵」として認知された新聞記者たちの生の声を聞きたかった。そして同時に、地方におけるメディアのあり方と、様々な攻撃にさらされる沖縄の内実を知りたいと思った。沖縄で生きる記者たちの姿を通して、沖縄の姿をも浮き彫りにしたかったのだ。

 最初に訪ねたのは「琉球新報」編集局次長の松元剛氏だった。私にとっては数少ない沖縄紙の知り合いだった。

 このとき〝百田発言〟から、まだ1週間と経っていない。当然ながら、松元氏は憤っていた。「つぶせ」と言われたことだけではない。自民党議員から、沖縄をめぐるメディア構造と県民世論が「歪んでいる」と言われたことに腹を立てていた。

 「沖縄県民が地元紙に影響され、いや、マインドコントロールされ、〝歪んだ〟世論ができあがっているかのような言説が飛び交うことに、心底、あきれました。暴論もいいところですよ。いうなれば、沖縄県民には主体的な判断能力がないと見下すようなものです。県民をなめている。県民を愚弄し、侮辱するものです。我々の側にだって、世論をコントロールしてやるなんて意識はないですよ。そんな傲慢(ごうまん)な姿勢があれば、とっくに読者から見放されているはずです」

 その通りであろう。〝新聞離れ〟は沖縄だって例外ではない。地方紙に県民意識をコントロールできるくらいの力があるのならば、そもそも読者を逃がすことはない。
「結局、いつだってそうなんです。沖縄で何か問題が発生し、それが政府の思惑通りに進まないと、必ずといってよいほど同じような言説が流布される。つまり、自らの危機感を沖縄の新聞批判にすり替えることで、民意を矮小化するといった手だてですよ」。そのうえで松元氏はいくつかの事例を示した。