「琉球新報の人間には部屋を貸さない」という大家


 だが、これはけっして突出した発言だったわけでもない。社会の一部にはいま、こうした空気が確実に流れている。今年春、「琉球新報」の新垣毅記者は文化部編集委員から東京支社報道部に異動した。異動に先立ち、部屋探しのために上京したのは3月上旬のことである。支社への通勤に便利なマンションを見つけ、会社と提携している不動産業者に入居を申し込んだ。

 その翌日──不動産業者から電話がかかってきた。「大家が入居を拒んでいます」。理由を尋ねる新垣に、不動産業者は恐縮しきった声でこう告げた。「琉球新報の人間には貸したくないと言ってるんです」

 新垣記者は、大家の対応は「琉球新報」への悪感情というよりも、「沖縄そのものへの嫌悪のようにも思えた」と言う。20世紀初頭、沖縄からの出稼ぎ者が多かった関西では、「琉球人、朝鮮人お断り」の張り紙を掲げるアパートが珍しくなかった。新垣記者には、こうした時代の風景が二重写しとなる。拙著の取材で、「沖縄タイムス」編集局長の武富和彦氏は「単なる新聞批判であれば、まだいい。本当に腹立たしいのは、新聞批判に見せかけて、実は事実関係を無視した沖縄攻撃が繰り返されていることだ」と答えた。

 同紙は「百田発言」に際しても「新聞をつぶせ」よりも、「普天間飛行場はもともと田んぼの中にあった。あとから商売のために人が住み着いた」といった言葉を問題視した。記事では普天間の歴史を概観したうえで、〈沖縄戦で住民は土地を強制的に接収され、人口増加に伴い、基地の周辺に住まざるを得なくなった経緯がある〉と、事実関係の誤りを正した。
「そこは絶対に譲ることができないんですよ。冗談であったとしても、はずみで飛び出した軽口であろうが、我々はとことんこだわります。そうでなければ沖縄で新聞をやってる意味がない」
講演する作家の百田尚樹氏=2月27日、京都市左京区の国立京都国際会館
講演する作家の百田尚樹氏=2月27日、京都市左京区の国立京都国際会館
 さらに「偏向」を指摘されることに対しては次のように話した。「一方に大きな権力を持つ者たちがいる。もう一方に基本的な人権すら奪われた者たちがいる。その不均衡をメディアはどう報じるべきなのか。そのとき権力と一体化して奪われた者たちを批判するのであれば、それこそ恥ずべき偏向だと思うんですよ。一方的に奪われた者たち、発言の回路を持たない者たちの側に立って、あるべき均衡を取り戻すことがメディアの役割ではないでしょうか」

 以来、私は沖縄紙の記者たちに問い続けた。
 なぜ、基地の問題にこだわるのか──。「すべての事象が基地につながるから」。私が接した多くの記者がそう答えた。沖縄で取材を続ければ、なにを追いかけていても、必ず基地と戦争にたどり着く。避けることはできない。事件記者も、政治記者も、経済記者も、島を分断するように張り巡らされたフェンスの前で立ち止まる。いや、立ち止まらざるを得ない。社会の隅々に、生活のあらゆる場面に、基地の存在が重くのしかかる。戦争の記憶が染みわたっている。

 だから書かざるを得ない。無視することなどできない。地元の記者が書かずして、いったい誰が書くというのだ。基地問題に触れずに済むのであれば、むしろそうであってほしいと、記者の多くが望んでいた。「取材したいことはほかにも山ほどある」と若手記者は訴えた。