日本人が東京裁判で知った「残虐」


 このような裁判条例に関して、新聞各紙は「平和に対する罪」と「人道に対する罪」は「今次戦争後初めて提起された新概念による犯罪である」こと、「平和に関する罪」は「東條大将以下第一次東條内閣閣僚、その他大部分の戦犯容疑者はこの範疇に入るべきもの」であるとコメントしている。

 しかし、毎日新聞(21年1月26日付)は国際法学者横田喜三郎の「今回の裁判は主として政治的責任者に対する裁判である」という見解を紹介し、ドイツのような「人道に対する罪」は日本には適用されないと論評した。

 すなわち、この時点で日本のマスコミは中国やフィリピンなど東南アジア各地で起きていた日本軍による「一般民衆や捕虜に対する虐殺や虐待」に関して、ほとんど把握していなかったか、もしくはそれがドイツにおけるユダヤ人迫害に匹敵するものとして訴追されるとは認識していなかったということができる。

 東京裁判において、日中戦争関連の検察側陳述は21年8月6日から9月18日までの1カ月半に集中しておこなわれた。読売新聞は5月6日付で「南京の残虐実在 日高証人漏らす」のスクープ記事をいち早く出し、南京事件が東京裁判で審議されることを伝えた。

 6月12日付朝日新聞は「南京暴行事件」の証人として「南京大学教授のベイツ博士、南京YMCA会長のフイフチ氏と数名の中国人」が来日したことを伝えている。

 これに対して、同日付毎日新聞は「南京十日発中央社」電として「国民政府当局では東京国際裁判法廷の要請にもとづき南京大虐殺事件の『生証人』として許傳音、尚徳義、陳福寶、伍長徳らの諸氏を東京に派遣することを決定したが、一行および前南京金陵大学校ペール博士は八日上海に到着、十日東京に向った」と当時の中華民国からの報道を基礎に記事を書いている。

 そのため、南京事件は、記事の中では「南京大虐殺事件」と表現されている。南京事件は、法廷にのぼる前はその表現に新聞各紙でばらつきが見られた。

 南京事件の報道は、その証人の口供書の掲載が中心になった。彼らの証言は忠実に再現されている。7月26日のアメリカ人ウイルソン博士及び尚、陳、伍の3人の「生きていた南京人」の証言を目の当たりにした法廷記者たちは一律強い衝撃を覚え、その後南京事件に対する表現が変わっていく。キーナン首席検事の「世界に類なき暴虐」という言葉が各新聞の小見出しに載せられ、暴行事件としていた新聞においても一律「虐殺」の文字を使うようになる。

朝日新聞法廷記者団による『東京裁判』(東京裁判刊行会、昭和37)
朝日新聞法廷記者団による
『東京裁判』
(東京裁判刊行会、昭和37)
 すなわち、日本の新聞においては、7月26日の南京事件関係者の証人喚問以後、それが「戦慄すべき」「虐殺」であり、裁判開廷前は日本とは無関係と思われていた「人道に対する罪」に相当するものであったことが報道されるようになるのである。

 このような新聞報道を受け、一般人の中にも「南京事件のお詫びとして、日本人全體が心をこめて反省自戒するという態度を世界に対して披露したい」と投書する人も出てきた(朝日新聞8月8日付)。