5年目に19勝を挙げた田中は、2年後の2013年、無敗の24連勝を記録し、楽天イーグルスをパ・リーグ初優勝に導き、日本シリーズでも巨人を倒して日本一に輝いた。大地震で被災した東北の人々に勇気と感動を与え、強い絆を象徴し、田中は新たな日本の伝説となった。ニューヨークに渡った田中は、MLB3年間で39勝16敗。ヤンキースで最も安定した先発投手との信頼を勝ち得ている。

4回途中でマウンドを降りた日本ハム・斎藤佑樹
=7月28日、西武プリンスドーム (撮影・小倉元司)
4回途中でマウンドを降りた日本ハム・斎藤佑樹 =7月28日、西武プリンスドーム (撮影・小倉元司)
 斎藤は、1年目6勝6敗、2年目5勝8敗。2年目には開幕投手を務め完投勝利を収めるなど話題の中心だったが、輝きもそこまで。3年目0勝、4年目2勝、5年目は1勝、そして今季は11試合の登板で0勝1敗。シーズン中に、出版社社長からポルシェの提供を受けていたとの報道もあり、かつての好感度も期待も失われた感がある。まだ来季も現役続行の機会が与えられるようだが、引退の危機も現実味を帯びている。

 斎藤は、大学に進学せず、直接プロ入りすれば違ったプロ野球人生をもっと華やかに歩めたのだろうか?

 さまざまな報道を総合すると、大学時代、さほど苦労せず結果を残せたこともあり、斎藤はそれほど真剣に練習に取り組まなかった、その影響が出ているのではないかとの見方がある。それも一理あるかもしれない。

 それ以上に、斎藤がプロに直接飛び込まなかった理由にこそ、今日の現実が現れているのではないか?

 自信があれば、プロ野球に人生を賭ける思いがあれば、迷わずプロ野球を選んでいただろう。斎藤にはその確信がなかった。そのため、将来の保障として、大学卒業という学歴を優先した。高校からプロ入りせず大学や社会人を経由する選手は自らその道を選ぶというより、プロ野球から声がかからなかった場合が大半だ。もしくは、成長が遅いタイプで、直接プロ入りする準備ができていない選手も少なくない。だが、斎藤はむしろ成熟した投手だった。大学4年間で、投手としての不足を補い、プロで活躍する準備をするといった目的は見いだせないタイプではなかったか。もちろん、身体のサイズは小さい方だし、筋力などは低いタイプだろう。かといって、大学で身体を大きくする、筋力を増強するというわけではなかっただろう。