大学で何を培いたかったのか? 時間が欲しかった、自信をつけたかった…?

 勝手に言って申し訳ないが、言い換えれば、覚悟がなかった、野球こそが自分の人生だという感覚が斎藤にはなかったのかもしれない。甲子園ではからずも国民的なヒーローとなり、マウンドに立ち続けることを期待される宿命を担った。だが、斎藤の投手人生は、高校でこそ、大学のレベルでこそ輝くものであって、プロ野球で戦えるほどの資質ではなかった。それをいちばん感じていたのが、斎藤自身ではなかったろうか。

 世間は田中との比較をしたがったが、投手としての器が違う。奇しくも、甲子園の決勝再試合の最後の打者は田中だった。斎藤が田中を三振に取って、世紀の対決は幕を閉じる。ハンカチ王子のファンにはこれ以上ないフィナーレだった。その時、敗れた田中は笑っている。その表情がいかにも印象的だ。

リーグ優勝のビールかけに参加する日本ハムの斎藤佑樹(右)
=9月28日、東京都内のホテル
リーグ優勝のビールかけに参加する日本ハムの斎藤佑樹(右) =9月28日、東京都内のホテル
 斎藤にとって、甲子園は野球人生をかけた戦いであり、田中にとっては野球人生の通過点にすぎなかった。

 もちろん、斎藤にはこのまま終わってほしくない。大学3年のとき、斎藤はあまり活躍できなかった。甘さや練習不足を指摘する声に対して、斎藤自身は、「球速を求めすぎ、ピッチングのバランスを崩したため」とコメントしている。いまもそれと同じ壁に直面しているのではないか。

 球速や球威に対するコンプレックス。これを払拭し、斎藤本来の打者との間合い、打者を翻弄する投球術こそが生きる道ではないか。たとえプロ野球の大半の投手より球速が劣っても、斎藤にはこうした他の投手にない感性がある。そのことにもう一度目覚め、自信を持つことで斎藤は最後の勝負ができる。周囲が、大学で回り道をしたからダメだった、と非難するのは簡単だ。斎藤には、大学を経験し、プロ野球で厳しい6年間を経験したからこそ到達できる境地を見せてほしい。いまこそ、プロ野球で生きる! という覚悟を決めて。