娯楽化した報道番組


 共産主義とか左翼思想とかいわれても、今日のほとんどの日本人は、その実態に対しては無頓着です。そもそも「外来種」である共産主義の思想に日本人の考え方が合致するわけがないのですが、なぜこんな思想が今日もまだ日本国内に残っているのかということを、考えなければなりません。

 その最大の原因の一つは、繰り返しますが、マスメディアです。「慰安婦強制連行誤報問題」を引き起こした『朝日新聞』をはじめ、日本の新聞がそうとうに偏向している事実は、ようやく国民の常識となってきましたが、日本人洗脳工作においてメディアを最大の道具として活用したのがGHQでした。NHKを使って『眞相はかうだ』など一連の戦争プロパガンダ放送を流し、その方針をほとんどの民放各局や新聞などのメディアが今日まで維持してきました。そんな71年間の洗脳工作は、GHQが予想した以上の効果を発揮しましたが、そこは共産主義者や、それに影響を受けた左翼人士が跋扈する世界でした。

 本来、メディアの最大の役割は、事実を事実として、余計な色を付けずに報道することですが、戦後のメディアの多くはGHQの影響を受けたせいで、そんな基本的な事さえできなくなってしまいました。その理由の一つは、これまで述べてきたようにメディアを左翼人士が牛耳ったからにほかなりませんが、それ以上に報道番組が「娯楽化」したということもあると思います。
 報道番組を最初に本格的な娯楽に変えたのは、おそらくは久米宏氏だったと思います。久米氏は1982年から始まった日本テレビ系列の『久米宏のTVスクランブル』で、日本国内のさまざまなニュースを取り上げ、それに笑いを交えることで大きな視聴率を得ました。私もかつて、TBSの『サンデーモーニング』に放送開始から10年間レギュラー出演していました。その当時は、みんなでかなり自由かつ真面目に議論をしていたことは間違いありません。

 これはある意味で、テレビ界の革命だったのかもしれません。時代の風雲児のような久米宏さんは、少しでもニュースを面白くさせ、視聴者を楽しませようとしたのでしょう。結果として視聴率が良かったせいもあり、それが同時に、日本の報道番組全体が徐々に娯楽化するきっかけになったのだと思います。

 一方、アメリカの主要な報道番組では今日でも、コメンテーターが意見を述べるのは、特定の問題に限ったコーナーの中だけで、基本的にはキャスターだけが粛々とニュースを伝える形態を崩していません。