テレビ番組の違法コピーを含めた二番煎じ、三番煎じでしかなかったネット動画が、いつの頃からかテレビで番組の中心的なコンテンツとして紹介されたり、ネット動画を題材にして、タレントたちがトークするようなテレビ番組が存在するようになった。

 信頼性の薄い「二次以下情報」でしかなかったネットメディアが一次メディア化していった鏑矢と言えば、2010年9月に発生した「尖閣ビデオ流出事件」だろう。

尖閣諸島沖で2010年に起きた中国漁船衝突事件で、動画投稿サイト「YouTube」に 当時投稿された事件のビデオとみられる動画
 尖閣諸島海域を侵犯した中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突してきた様子を録画した海上保安庁の映像が、海上保安官によって動画共有サイト「YouTube」にアップロードされ、流出した事件だ。

 この事件では全ての既存メディアが「二次以下メディア」であったはずの「YouTube」に掲載された「怪しげなビデオ」をそのまま情報源として、こぞって報じた。自ら動いたわけではない「YouTube」にスクープを独占された形だ。動画共有サイトが一次メディアとして顕在化した瞬間である。

 その後も、2014年に起きた小保方晴子氏による「STAP細胞騒動」では、小保方氏の論文の不正や疑惑箇所をネット上で匿名ユーザーたちが解明し、エビデンスを提示するなどしてその疑惑を「確信」へと推し進めた。最終的には論文撤回や小保方氏の理研解雇、ひいては早稲田大学からの博士論文の撤回というリアル社会の権威をも動かす大きな事件となったことは記憶に新しい。

 これにより、賛否両論はあるにせよ、ネット世論やネット検証が、リアル社会へも大きな影響を及ぼす存在であること、氷山の一角で騒ぎ立てる「一部の熱心なネット民(ノイジーマイノリティ)」の活動であったとしても、それが無視できない威力を持ちうることが明らかになった。(もちろん、ネット世論に過剰に反応した既存メディアが担った役割も小さくないが)

 そして、2015年には、「東京五輪エンブレム騒動」が発生し、ネット世論やネット検証が、オリンピックという世界最大の事業の決定をも覆すことになった。

 これらの騒動はいずれも、その初動ステージがネットメディアであったという点で共通している。筆者も、「エンブレム騒動」では、デザイン/メディアの専門家として、多くのテレビや新聞といったメディアに出演し、解説・コメントなどをさせてもらったが、騒動の発端となったのも、初期のオピニオンが展開されたのも、ネットメディアであった。

 その意味では、ネットメディアが今日、既存メディアを突き動かす程度に、一定の役割と価値を持ちつつあることもまた、揺るぎない事実なのである。