本稿は編集部から『ネットメディアは「回転すし」なのか』をテーマとしてあたえられて書いた原稿である。よって、以上まで論点を踏まえて、このテーマについて筆者の考えを記したい。

 『ネットメディアは「回転すし」なのか』とは、いうまでもなく、ネットメディアで展開されるオピニオンは「回転寿司」のような存在であり、一方で、既存のメディアは最高級寿司店「すきやばし次郎」のようなミシュランの星がついたような高級店・クオリティ店ではないのか? といった論点である。

 まず、ネットメディアが「回転寿司」であることは否定できない。ただし、最近の「回転寿司」がそうであるように、一言で「回転寿司」と言っても、全て同列に扱えないぐらいクオリティや方向性に違いや差があることに注意が必要だ。「カウンターの寿司屋」と大差がないような「回転寿司」(あるいはその逆)もある。ようは一言で「回転寿司」をまとめることができないのと同じように、「ネットメディア」も一つにまとめることができない。「ネットメディア=回転寿司」だとしても、そこは必ずしも一様ではない、というわけだ。

 次に、「既存メディア=ミシュラン高級店」についてだが、これは疑わしい。

 我が国最高峰の寿司店である「すきやばし次郎」では、「回転寿司」で使われるような安価のネタやサービスは出さない。ここには超えがたい壁がある。「それなりに良いネタを出すカウンター店と同等の回転寿司」が存在することは事実だが、ミシュラン高級店と呼ばれるレベルのネタやサービス、技術を出す「回転寿司」は間違いなく存在しない。

 おそらく、「回転寿司」程度のネタやサービスしか出せない状況であれば、「すきやばし次郎」は店を休むだろうから、過去にだって一度も出したことはないはずだ。

 さて、それを踏まえて「既存メディア=ミシュラン高級店」を考えてみよう。

 現在、既存メディアでは多くの場面で、ネット発の情報が利用されている。むしろ、一次情報となっている事例すら散見される。つまり、現在の既存メディアは、ネットメディアからの情報を、怪しみながらも「それなりに」利用しているのが実情だ。

 つまり、現在の既存メディアは「回転寿司のネタ=ネット情報」をごく普通に利用していることになる。時にはそれを「今日のオススメ」の中に入れてさえいる。もしこれが「すきやばし次郎」なら、翌年からはミシュランガイドからは外されるだろう。

 そう考えると、回転寿司(ネットメディア)のネタ(コンテンツ)を利用している寿司屋(メディア)は、絶対に「すきやばし次郎=ミシュラン高級店」ではない、ということになる。

 結論から言えば、ネットメディアは「回転寿司」で既存メディアが「すきやばし次郎」という発想は、間違えている、というのが筆者の認識だ。なぜなら今日の既存メディアが決して「すきやばし次郎」になりえていないからである。

 だからといってネットメディアの可能性ばかりを賛美したり、既存メディアへの脅威論に直結させる、といった短絡的な思考にも到底なれない。既存メディアは「すきやばし次郎」でこそないが、それなりに財布と相談しながら行くべき店であることは間違いないからだ。それ以上に、程度の差こそあれ、ネットメディアとその業界が抱えている課題・問題は大きい。

 メディアが多様化し、ネットメディアが情報源、世論形成の一角を担うようになりつつある。しかしながら、ネットメディアが持つ課題や暗部は、その役割向上に比例して解消されているとは言い難いのも事実。一方で、「安いネタ(=ネット)」に依存したメディア作りが、既存メディアをミシュランガイド掲載から陥落させてしまうような現状も否定できない。

 既存メディアとネットメディアの関係性を対比しつつ眺めてみると、その現状が日本の健全なメディアの発展・維持にとっては危機的な状況であるような気がしてならない。

参考書籍:拙著「だからデザイナーは炎上する」(中公新書ラクレ)