──私はスクープを取るのは一種の才能だと思っています。自分にはその才能がありませんでした。中村さんはスクープを取る能力についてどう思いますか。

「性格、パーソナリティーという部分が大きいかもしれません。よく、『人当たりが良くて誰からも好かれるタイプで云々』とスクープを取る記者像が語られますが、そんなことはありません。いろんなタイプのスクープが取れる記者がいると思います」

──中村さんはどんなタイプですか。

「僕はものすごく人の話を聞きますね。役に立つ立たない関係なく聞きます。他の記者から『よくあんな役に立たない話を聞いていられるな』と呆れられるぐらい聞きます。我々の仕事って、人様の話が先にあって成立するじゃないですか? 凶悪犯であっても普通の市民であっても、僕は真摯に耳を傾けたいというのが信条でもあります。そういう人への共感力というのが強いのかもしれません」

──また情報源、いわゆる「ネタ元」という存在もあります。私もかつてネタ元と考える人と付き合うようなことをしていましたが、どうも功利的な人間関係に疲れてしまいました。中村さんはどうですか。

「よく若い記者からも『ネタ元はどうやって見つけるんですか』と聞かれるんですが、基本は身の回りの人を大切にすることからですよ。僕も損得関係から人付き合いしたことがありますけれど、やはり長く続きません」

──でもそれだと結局「好き嫌い」で人と付き合っていることになり、交友関係が狭くなりませんか。

「あ、僕は人の好き嫌いってそんなにないんですよ。どの人も等距離というか。そこは変わっているのかもしれません」

──夜に人と飲むのは欠かさず?

「文春時代は毎晩でしたね。僕はお酒飲めないんですが、ウーロン茶片手に毎晩ずっと酒席にいました」

──人の付き合い方で励行していることはありますか。たとえばよく聞く、掲載誌を送るときに直筆の手紙を添えるとか。

「むかしそういうのやってましたけれど、長続きしなかったですねえ(笑)そこまで筆まめじゃないというか(笑)」

──ですよね? ああ良かった(笑)

「でも週刊誌にいると苛酷な人間関係にさらされるんです。飛鳥涼のシャブのときも、親しいと思っている人から『あいつは暴力団からカネ貰っている』とかデマを流されました。付き合うと危険と思われて、電話しても出てくれないとか、ネタ元が一切いなくなる。孤独感に苛まれるところがあります」

──その中で仕事の情熱を支えていたのはなんですか。

「僕が文春に来たのは30歳で遅いスタートなんです。結婚して子どもも生まれたのに、人脈もなにもない。人と同じことしていてはいけないと思って、がむしゃらに取材してきただけですよ。娘からは『パパはお酒も飲まないしギャンブルもしないし、なにが面白いの?』って聞かれるんですが、ほんとそうですよ。仕事が面白いといえればいいんですが、なかなかそうもいかないですよね(笑)」

──なにが楽しみなんですか(笑)

「海外旅行と動物見ることですかねえ。家で鳥飼ってますし、猫カフェもいきます(笑)」

 現在取り組んでいるのは人物評伝。「著名人ではなく無名な人。無名だけど面白い人を世の中に届ける本が書きたい」。スクープ記者が発掘する無名伝だ。面白くないはずがない。

〈なかむら・りゅうたろう〉1964年生まれ。大学卒業後、会社員を経て95年から週刊文春編集部で勤務。数々のスクープをものにし、「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム大賞」を最多の3度受賞する。本書は初の単行本。現在は雑誌だけでなく新聞テレビラジオでも活躍している。


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