安楽死に象徴されるようにどこの党もやらないような政策をやろうと思っていましたけど、やはり小さな党ではどうしようもない。だから直接民主主義を実現できるような「支持政党なし」に行きついたんです。

 私が政治家を志したのは、何も最近になってからではありません。小学生のころから考えていました。父は普通の会社勤めで、母は幼稚園の先生で、特に親の影響はないですよ。学校の先生も関係なく、世の中動かしているのは政治家なんだと自然に小学生のころから思っていたからです。

 強いて言えば、親にテレビに向かって文句言えっていわれたことはありました。でも小学生のころから、わからないなりに新聞を切り抜いて批判を書いていたんです。例えば「東北新幹線が開通」という記事があったら「おれは東北には行かないから」とか、そういうどうでもいいけど、何かしら一言新聞記事の内容に自分なりの批判を書いていました。今でもニュースを見ているとずっとそれについての話しを何時間でも続けられますよ。

佐野秀光氏
佐野秀光氏
 新聞記事の切り抜きに批判をつけるだけではなかったですね。新しい内閣が発足すると組閣の顔ぶれというのが新聞に掲載されますが、その記事を切り取って部屋に貼っていました。もうマニアみたいな感じで、全部の閣僚を覚えました。だれが外務大臣で、だれが財務大臣でみたいに。物心ついた最初の首相は中曽根康弘さんでしたね。

 大学生の時に自民党の学生部に入ったんですよ。だからといって自民党の支持者でもなんでもないんです。理由は選挙のノウハウを得るためです。自民党から出ると、自民党の言うことを聞かないといけなくなるし、政治家を志していたとはいえ、どこかの政党から出馬しようなんて考えたこともありません。

 そもそも私は保守でも革新でもありません。自民党の学生部にいてもだれかを目指そうとかいう政治家もいません。まあ、強いて言うなら田中角栄ですか。自民党の人ではありましたが、無名で学歴もなくてあれだけ影響力を持っていましたから。

 政治家になる近道としては芸能人とかスポーツ選手とかで有名人が選挙に出てというパターンが多いですけど、私は自分でどうやったら多くの人が支持してくれる自分オリジナルの党をつくれるかしか考えていません。

 わかったのはお金がかかるということです。選挙に出るには自分で金をつくるか、だれかに出してもらうしかない。でもだれかにお金を出してもらうと、その人の言うことを聞かないといけない。だったら自分でお金を稼ぐしかないと思い、大学に入ってすぐに塾経営を始めたんです。
 
 ある程度の資金が貯まると、今の仕事につながるんですけど、登記簿謄本取得代行サービスを始めました。当時は、不動産登記簿や法人の登記簿を入手するには各地の法務局に直接行く必要がありましたが、どこからでもファックスやネット注文で迅速に入手できるサービスを思いつきました。

 全国各地に登記簿謄本を取りに行くアルバイトを配置して、注文から1時間以内にファクスするシステムで、これが結構ニーズは高くて。ただその後はインターネットで登記情報が入手できる時代になったんで、今度は登記情報をデータベース化して、法務局より安く提供することにしたんです。