ボクシングに限らず、テレビやスポンサー各社が結びついてスポーツを盛り上げようとする時代の中で、「受ける」「儲かる」「人が集まる」は大前提になっている。視聴率、売り上げ、観客動員などが評価のバロメーターになり、質はあまり問われない。
 
 勝負なら「結果」がすべて。勝てば官軍、多少の不正や汚い手を使っても勝った方が権勢を振るい続ける。そこに文句を言っても、天に唾するようなものかもしれない。だが、スポーツは少年少女、そしてもちろん老若男女の心身を直接育みもすれば、傷つけもする。実はとても責任重大な分野だという現実をあまりにも忘れてはいないかと思う。

 スポーツライターを志す大半が、かつてはボクシングをテーマに書きたがった。ボクシングには、文学的な陰陽があり、ドラマ性を持ちやすかった。沢木耕太郎さんの名著『敗れざる者たち』の中に描かれた輪島功一、『一瞬の夏』のカシアス内藤の生き様に多くの読者が深く揺さぶられた影響もあっただろう。
 
 私も駆け出しのころ、足繁く後楽園ホールに通った。雑誌の取材で縁ができ、当時、連続ノックアウトで売り出し中の人気ボクサーを繰り返し取材させてもらう幸運にも恵まれた。世界タイトルに挑戦した彼は無念にもTKO負けを喫し、タイトル奪取は叶わなかった。取材の過程で、その連続ノックアウト記録が、話題を作り、人気を盛り上げてタイトルマッチを実現するためのジムとテレビ局の共同作業だったと知った。
 
 そのような戦略は、興行の世界では日常的にあることだというが、ボクシングは、人と人とが殴り合う競技だ。グローブこそつけているが、パンチの衝撃が時には死をもたらすことは、過去の例が物語っている。
 
 果たして彼もまた、試合中の打撃で意識を失う事故に遭った。病院に運ばれ、開頭手術を受け、生死の境を彷徨った。一時は回復は難しいとの見解も伝わった。幸い彼は一命を取り留め、その後は役者として存在感を放っている。だが、あの事故を知らされたときの衝撃をいまも忘れることができない。