名家の頂点に立つ天皇家が恋愛結婚などというはしたないことをするわけがない、という含意である。それならば、平安期の天皇の恋愛や結婚はどうなるか、という反論が予想されるところだ。

 おそらく、そういう議論を避けるためだろうか、お二人は良家の子女として知り合い交流を重ねるうちに信頼と愛情がはぐくまれた、という説明があった。通常、それを恋愛結婚という。それでも、恋愛結婚という「刺激的な言葉」を避けたのである。

 1960年代前半までは、恋愛をめぐる教養書がいくつもの出版社から出ている。社会思想社の現代教養文庫から1961年、哲学者の巻正平(まきしょうへい)が『恋愛の方法』という一冊を出している。

 古今の哲学者・文学者の言説を引用し、恋愛とは何かを論じている。そうまでして恋愛の「方法」を解説しなければいけないのかと、現代人なら思うところだが、半世紀前はそんな風であった。私の手元にある同書は、1980年の第53刷である。実に1980年においてこのような本の重版が続き、しかもその時点で53刷に達していたのである。

 サザエはマスオと結婚し、二人の間にタラオという息子がいる。サザエはフグ田マスオと結婚しマスオの姓を名乗っているから、正確には磯野家の一員ではない。ただし、磯野波平の家に二世代同居しているので、磯野家と言っても間違いというほどではない。
写真はイメージ
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 マスオは婿養子ではないのだが、実質的には婿養子のようなものである。こういう家族形態を2000年代に入ってから「マスオさん現象」と呼ぶようになった。地価の変動や家族構成の変化の中で生じた新現象だが、それは既に1950年前後に磯野家には胚胎していたのである。

 『サザエさん』は、このように戦後の28年間、さらには連載終了後の21世紀でも、日本人の生活観・家族観を巧みに包み込んでいる。詳しく見れば時代の変化に合わなくなった描写もある。

 サザエのパーマは、戦後10年もすればもう見なくなった強いカールである。ワカメのおかっぱ頭、カツオの丸刈り頭も、1960年代半ばには絶滅した。それなのに、今なおテレビアニメで不自然に感じない。一つにはそれがキャラクターとして確立されている、という面もある。しかし、変化を包み込むような家族観が描かれていたことが大きいだろう。これは長谷川町子の家族観であったかもしれない。