前述のように、その後、瀬戸内さんは10月14日付け朝日新聞に掲載された「寂聴残された日々17」の中で「バカは私 恨みを繰り返さぬために」と題して、自ら真意の説明と謝罪をしたためた。一部引用しよう。
 《私の気持ちは、殺したがっているのは、今もなお死刑制度を続けている国家や、現政府に対してのものだった。常日頃、書いたり、口にしたりしている私の死刑制度反対の考えから、当然、今も世界の趨勢(すうせい)に遅れ、死刑制度をつづけている我が国の政府に対して、人権擁護の立場から発した意見であった。バカという言葉は94歳の作家で老尼の口にする言葉ではないと、深く反省しているものの、発言の流れからしても「バカども」は当然、被害者のことではないと聞けるはずである。》

 《でなければ、言葉に敏感な弁護士たちが、そのまま流すはずはないだろう。これまでも私は文学者としても出家者としても被害者のために論じ、行動してきている。過去の私の言行を調べてくれればわかるはずである。それを私が犯罪被害者たちをバカ呼ばわりしたととられ、ネットで炎上して、私への非難が燃え上がっているという。秘書から炎上を知らされた時、真っ先に浮かんだのは「もの言えば唇寒し秋の風」であり、「だから長生きは厭(いや)なんだ」であった。そんな誤解を招く言葉を94歳にもなった作家で出家者の身で、口にする大バカ者こそ、さっさと死ねばいいのである。耄碌(もうろく)のせいだなどと私は逃げない。お心を傷つけた方々には、心底お詫びします。「恨みをもって恨みに報いれば永遠に恨み尽きることなし」という釈迦の言葉を忘れないままに》

 率直でわかりやすい説明だ。これで一応、一件落着といってよいだろう。「殺したがるバカども」は確かに際どい表現とはいえ、大騒動になったのは、背景に死刑、あるいは日弁連の「死刑廃止宣言」をめぐるいろいろな意見の対立があったからだろう。

 世界全体を見ると死刑廃止の流れは大きな趨勢なのだが、日本では先進国のなかでは例外的に、世論調査で8割が死刑制度維持を表明している。そういう状況の中で、日弁連としては死刑廃止へ向けて鮮明な姿勢を打ち出して、状況を打開したいと考えたのではないか。ただ廃止賛成の意見が多数を占めるとは言え、そうでない意見も少なくない。そうした中で明確な「死刑廃止宣言」を出したわけだから、ある意味で画期的と言えるかもしれない。

 ただ日弁連は強制加入の組織だから、当然、内部には宣言を出すことに反発する弁護士もいる。しかも、被害者支援を訴えるそうした弁護士たちも、日弁連でそれなりの影響力を持っている。今回の宣言は、そういう中で出されたものだ。