戴秉国とヒラリーの蜜月


2009年7月、米ワシントンで「戦略・経済対話」を終えた
中国の戴秉国国務委員(左)とクリントン国務長官(ロイター)
 この発言が、戴秉国という人物のものであることは大いに注目すべきだろう。戴秉国は、キッシンジャー時代からアメリカの政治家たちの心を掴んできた人物だ。

 キッシンジャーはヒラリー・クリントンが国務長官になった際、戴秉国は〈中国政府高官の中で、最も開放的で魅力的な人物の一人〉とわざわざ申し送りをした、と彼女の著作(原題『Hard Choices』、翻訳版は『困難な選択』日本経済新聞出版)に綴られている。

 本書に描かれた戴秉国とヒラリーの関係は、これ以上ないほどに親密である。ヒラリーと各国とのかかわりが一章ずつ記されているなかで、日本については「アジア」とまとめられた章のなかでわずかに触れられたのみである。対して、中国については「中国」 「北京」と二章割かれており、その中心人物が戴秉国である。

〈私と戴秉国は即座に意気投合し、その後何年にもわたって多くを語り合った。彼は時折、米国がアジアでやる何もかもがいかに間違っているかを、皮肉たっぷりに、しかしつねに笑みを浮かべながら懇々と説いた〉

〈まだ出会ってすぐのころ、彼(注・戴秉国)はまだ生後間もない女の子の小さな写真を取り出して、「私たちはこの子のために、こうしているのですよ」と言った。その思いに私は共感した。(中略)この情熱の共有が二人の揺るぎない絆の中心にあった〉

 国務長官まで務めたアメリカの政治家、それも大統領候補として最も有力視されている人物が、中国の政治家に対してこれほど入れ込んで、はたして大丈夫か。そう思わせる表現の連続だ。戴秉国との面会時の写真を口絵に掲載するほどの惚れ込みようなのである。

 ヒラリーにここまで信頼を抱かせる「開放的で魅力的」な人物が、国際法に基づく裁定を「紙屑」と呼んで憚らないこのギャップを、私たちはどう考えるべきだろうか。「中国はもとよりそのような国だ」と言うだけで終わりにはできない。

 中国はアメリカの政治状況を見ているのだろう。レームダック化したオバマ大統領はもとより、大統領選のさなかでアメリカが活発に動くことができない現状で、中国が強く出たとしてもアメリカは実行力を伴う行動には出られまい──。そう睨んでいるのではないか。

 いまはむしろ強く出て押し込んでおき、新政権ができたら対話に応じてほんのわずかな譲歩の姿勢を示す。そうして「話の分からない中国ではない」と印象づけ、責任ある大国としての姿勢を強調し、米側の新政権に「中国の譲歩を引き出した」とのお土産を渡す算段ではないだろうか。