中国が考える「次の手」


 むろん、その譲歩は、南シナ海一帯をわがものとする中国にとってはもはや痛くも痒くもない程度のものに留まるであろう。現在の言動は、その効果をより大きく見せるための布石と見えなくもない。そう考えれば、現在の習近平政権の常軌を逸した強い反発も、戦略的な計算ゆえであると推察できる。

 中国の横暴さに慣れてしまった私たちは、ともすれば「またやっている」「恥も外聞もない」と一蹴してしまいがちだ。なかには、「中国の暴言は中国の焦りだ」と見る人もいる。中国が焦るのは当然としても、その先に日本もアメリカもアジア諸国も何をすべきかを考えなければならない。中国が焦っているとして、こちら側が優位にあるなどと安心するのではなく、中国の長期的・戦略的思考に備えなければならない。

 情勢は、実は中国の思惑どおりに事が進むほど甘くはない。中国の南シナ海支配は外交問題だけではなく、内政や共産党内の権力闘争にも大きくかかわってくるからだ。仲裁裁判所の判決を「紙屑」とまで一蹴しておきながら、それを受けて習近平政権が退いたとなれば、習近平政権、ひいては共産党支配の正統性にかかわる問題となる。

 南シナ海の問題は、国際世論と国内世論のゼロサムゲームになってしまっているのである。強く出て国内世論の支持を得れば得るほど、国際世論からの信頼を失う。中国自身が始めたこのゲームは、自らを縛ることにも繋がっている。

 中国が南シナ海支配を目に見えて活発化し、行動に移し始めた二〇一四年早春以降、国際会議の場では中国への非難が相次いだ。顕著なのは毎年、五月末から六月頭にかけてシンガポールで行われるIISSアジア安全保障会議(通称・シャングリラ会合)である。

 二〇一四年の第十三回会合では安倍晋三総理が基調講演を行い、中国の動きを次のように牽制した。

〈世界が待ち望んでいるのは、わたしたちの海と、その空が、ルールと、法と、確立した紛争手続きの支配する場となることです〉

〈南シナ海においては、ASEANと中国の間で、真に実効ある行動規範ができるよう、それも、速やかにできるよう、期待してやみません。
 日本と中国の間には、二〇〇七年、私が総理を務めていたとき、当時の温家宝・中国首相との間で成立した合意があります。日中両国で不測の事態を防ぐため、海、空に、連絡メカニズムをつくるという約束でした。
 残念ながら、これが、実地の運用に結びついていません〉

 このように中国を名指しで批判し、法の支配に基づくアジア地域の繁栄を、と説いた安倍演説は、各国の安全保障担当者からスタンディングオベーションを以て迎えられる画期的なものだった。

 これに対し、中国の王冠中人民解放軍副総参謀長は用意してきた原稿を脇に置いて、安倍総理と、同じく中国を牽制したヘーゲル米国防長官を「中国を敵視している」 「覇権主義と威嚇の言葉に満ちた非建設的な内容」 「(日本の)冷酷なファシスト的、軍事的侵略の復活を許さない」と猛烈に批判した。

 さらには中国のやり方は平和的であり、周辺国と「ウィンウィン」の関係を保っていると断言。「南シナ海は二千年前から中国のものであり、現在の国際法が遡及できるものではない」と述べた。

 王氏の演説はあまりに非論理的な内容で失笑を買ったものの、以来、中国は南シナ海について「二千年前からの領有権」をずっと主張し続けて今日に至る。