米国が怠った初期対応


 二〇一五年の会合では、中国の孫建国人民解放軍副参謀長が「武力では平和を実現できず、強権では安全を保証できない。ウィンウィンの関係が大事。中国は積極的に国際的な責任と義務を履行し、世界と地域の安全・安定の維持のなかで建設的な力を発揮している」と述べている。

 さらに、シンガポールのリー・シェンロン首相に講演をさせる「代理戦争」を展開し、リー首相はなぜか歴史問題で日本を批判。過去を乗り越える必要があるとしたうえで、「米国と中国のどちらかの味方につくかを選びたいと思う国はない」としながらも、南シナ海問題は日本やアメリカなど第三国が介入するよりも、中国とASEANの「当事国が解決すべき」とアメリカよりも中国の思惑に沿った講演を行った。

 そして今年のシャングリラ会合では、アシュトン・カーター米国防長官が〈中国がいまの行動を続けるなら、中国は孤立した万里の長城を築いて終わるだろう〉と厳しい言葉で中国を批判したうえ、公演中に「principle(原理・原則)を重んじよ」と三十七回も述べたのである。

 これに対し中国側は前年同様、孫建国氏が登壇し、「南シナ海の問題は完全に解決されている」 「ウィンウィンだ」 「フィリピンの主張は国際法違反である」などと述べたうえ、アメリカを名指しはしないながらも「某国が南シナ海で『航行の自由作戦』を展開し、中国に圧力をかけている」などと述べた。

 こうした中国の強気の姿勢とは裏腹に、今年はASEANの小国を含めて一国たりとも中国の味方をする国がなかった。ASEAN諸国はアメリカ側に付くとは明言しなかったけれども、開かれた海、つまり「航行の自由」こそが大切だと述べたのである。

 それにしてもなぜ、アメリカは国際社会の常識である「航行の自由」をあえて声高に叫ばなければならない状態に至るまで、南シナ海における中国の一方的な暴挙を許してきたのか。

 二〇一三年九月、オバマ大統領がシリアへの軍事的不介入を決めて「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言したことを契機として、中国は南シナ海での埋め立て、軍事基地の建設を活発化させた。ロシアもすばやく動き、シリア問題で巧みにリーダーシップをとった。この時、アメリカを軸に保たれてきた冷戦後秩序に異変が生じ始めた。パックス・アメリカーナの崩壊の始まりだったと言えるだろう。