今回の事故には、複数の問題が隠されています。以下に、二つだけ指摘してみます。

 一つ目は、トップ不在中というタイミングです。『サムスン・クライシス』を執筆中だった14年5月、サムスン躍進の立役者である創業家2代目会長の李健煕氏が倒れ、現在にいたるまで入院、療養しています。

 李健煕氏には、一人の息子と二人の娘がいて、みなサムスングループ内の企業経営に携わっていますが、グループ会長になるのは息子の李在鎔さんに間違いありません。14年に李健煕氏が倒れて以降、李在鎔さんは、実質的に会長の役割を務めてきましたから、実力不足が問題なのではありません。問題は、タイミングなんですね。

 韓国は、儒教社会です。親の存命中に、子が親を差し置いてトップに就任することを、よしとしません。しかし、李健煕氏が経営にまったく関与できないまま、長期間トップ不在の経営が続くこともまた、避けなければならない。

 李健煕氏が倒れてから、すでに2年半が経ちます。おそらく、李在鎔さんは、そろそろ本格的に三代目会長に就任する予定だったはずです。そのタイミングに合わせるように、今回の発火事故が起きました。つまり、三代目による「新生サムスン」を打ち出すタイミングとしては、最悪です。

 二つ目に、人づくりの問題です。「今後5年間に必要とされる人材は手当てした」という話に触れましたが、サムスンは11年からの5年間に、世界市場における立ち位置が大きく変わりました。

 従来のサムスンは、いわゆる「二番手商法」で急速に成長してきました。しかし、テレビやスマホをはじめとする市場で世界トップに立ったいま、求められる人材は、大きく変化しています。そこに、対応できていないんですね。

 「ギャラクシーノート7」は、虹彩認証技術、防水防塵など初搭載の最先端技術を複数投入していました。今回の発火事故は、技術の検証や商品試験が十分でなかったとか、品質に対する過信に陥っていたのではないか。

 ズバリいってしまえば、世界トップメーカーに求められる経営に、人材が追い付いていないということですよね。

 サムスンは、いま、大きな危機に直面しているのは、間違いありません。まさしく『サムスン・クライシス』です。業績からいえば、一時的な落ち込みはそれほど深刻ではないといえます。しかし、世間の風当たりからすると、三代目の李在鎔さんの船出はかなり厳しいものになるでしょう。

 ただし、例えばトヨタの豊田章男さんは、就任直後、品質問題で米国議会の公聴会を乗り切り、一流の経営者となりました。同じように李在鎔さんも、危機の乗り越え方次第では、一流の経営者として、内外から認められる経営者になるチャンスともいえますよね。

 『サムスン・クライシス』でも書いた通り、サムスンには、「キャッチアップ型から市場創造型へと転換」することが求められています。一ついえるのは、サムスンは、そんじょそこらの企業ではありません。長い歴史をもち、しっかりとした経営理念や哲学、知恵を備える、強くしたたかな企業です。

 いかにこの危機を乗り越えるか。その方法に、日本企業としてはしっかりと注目する必要があります。
(ブログ「片山修のずだぶくろII」より2016年10月18日分を転載)