固有名詞はさておき「魏志倭人伝」に記された倭人の暮らしは興味深い。「男性は皆顔や身体に墨や朱で入れ墨をし、そのデザインは国により、また身分により違う」「人々は争いを好まず女は慎み深く嫉妬しない」「集会では男女の区別が無く、みな酒を好む」「温暖な気候で生野菜を食べる」「海に潜って魚や貝類をとる」「稲、苧麻、桑、蚕を育て、上質の絹織物をつくる」「喪に服す10日間は肉食を避け、泣き続ける。親族以外は酒を飲み歌い踊る。埋葬後は水に入って浄める」「真珠と青玉(サファイア)がとれる。山椒やみょうがもとれるが倭人はそれらが美味しい事を知らない」「長命の者が多く、百歳の人もいる」など。

 なかなか住み良さそうな国、という感想を持つ。争いを好まず、集会で男女の区別が無く、長生きの人が多く、生野菜を食べるなど、平和で清潔な暮らしぶりがうかがえる。「女は嫉妬しない」に関しては疑問を抱くが、現代においても近隣の国々と比べて日本の女性の怒り方はおおむね大人しい。(男性も、だが)日本女性の嫉妬の表現は当時の中国人から見て「怒っていない」ように見えたので「嫉妬しない」と思われたのかも知れない。今も昔も「国民性」というものは変わらないのかも。
佐賀県の吉野ケ里町と神崎市にまたがって広がる「吉野ケ里遺跡」 
佐賀県の吉野ケ里町と神崎市にまたがって広がる「吉野ケ里遺跡」 
 倭にはいくつかの国があり、女王ヒミコが統べるヤマタイ国に従っていた。それは確かな事だろう。女性がトップの立場につき、実務は男性が行う。男同士がプライドというやっかいなものをかけてトップの座を争うよりも、カリスマ性のある女性を頂点として、ゆるやかな連合体を作っている。それが平和の基本。ヤマタイ国の位置が九州であれ畿内であれ古代の日本人は平和的にゆるやかな共同体を維持していたのだ。

 文字を持つ前から語り継がれた物語はある。どの民族もアイデンティティーの確立のためには「先祖たちの物語」は欠かせない。神話や伝説による「天孫降臨」「神武東征」などには、九州に大勢力があった事実が反映されているはずだ。「出雲神話」からは日本海側に大勢力があったことがよみとれる。出雲対大和の「国ゆずり神話」には、大和の大勢力が他を飲み込んでいった経過が反映されているのだろう。
 
 神話、伝説の「それなりの時系列」のどの辺りの時代を魏の史書は取り上げているのか? わからない。わからないからヤマタイ国がどこか―についての興味はつきない。これという決定的な証拠が発見されない限り、これからも論争や考察は続くだろう。「どこにあった国なのか」も重要だが「どんな国だったのか」の方に私は興味がある。