「政治への嫌気感」が結果を大きく左右する時代 


 今回の米大統領選が、終盤に来てとてつもない激戦、それも政策論争ではなく互いに泥を投げつけ合う文字通りの泥仕合になったことも世論調査による予想を難しくしたと思われる。

 片や女性差別発言、片や電子メールの不適切利用による犯罪疑惑。こうしたことが争点となったとき、まずごく当たり前の有権者が抱く感覚は「政治への嫌気感」だろう。政治への嫌気感とは、合理的であろうと感情的であろうと、どこかの政党あるいは候補者にシンパシーを抱いていた有権者でさえ「どっちでもいい……」と飽きれてしまう感覚である。

『情報参謀』(講談社)
『情報参謀』(講談社)
 この感覚は一票でも多い得票を目指す政党や候補者の側からすると極めてやっかいだ。表面上、支援者のように見えて、実際の投票行動は気まぐれになる危険が増すからだ。どうせなら離反されるなら、むしろ徹底的に嫌われてしまう方が対処しやすいくらいだ。

 トランプ vs クリントンの大統領選は、当初から乱戦模様だったが、その乱戦が嫌気感を醸成していったことは想像に難くない。この嫌気感が強くて大きいとき、有権者は、世論調査にまともに回答することもイヤになる。そして往々にして「少なくとも世の中の流れのママにはさせないぞ」という反感が投票行動の動機となったりする。この場合「世の中の流れ」には「メディアから発表される世論調査の動向」も含まれるので、世論調査の結果そのものが反対の行動を促す原因になったりするのではないか――と想像するのである。

 ひとつ私がよく知っている事象を述べるなら、ここで想像したことは決してヨソゴトではない。

 国政に関する日本の世論調査を長い期間で分析すると、ここ数年は「選挙の直前に無党派層が大きく減少する」傾向が顕著に表れている。平時は「支持政党特になし」と回答している人々が、選挙が近づくと急に支持政党を分明にするように態度を変えるのである。しかもその支持成分の推移を細かく追いかけていくと、「先週は共産党支持だったが今週は自民党支持に変わったとしか考えられない」ような極端で短期的な変化が繰り返される動態が読み取れる。

 私はこのように揺れ動く人々を「気まぐれ層」と名付けているが、その動きは決して無視できない。気まぐれ層は、おおむね有権者の2割程度居る。気まぐれ層の4分の1程度がなにかのきっかけで投票日に同じ傾向の投票行動をすると、その投票を受けた政党ないし有権者は勝つ。衆院選の全国の小選挙区で同じような現象が起これば「政権の交代」が起こる。これが「風が吹く」という現象である。

 風が吹くときに政治の行方を左右しているのは、普段から政治に関心を持ってイデオロギーや政策の支持不支持を決めている有権者ではない。選挙直前になにかのきっかけで「気まぐれに」行動した有権者――ということになる。それでいいのか?

 今年6月の英国のEU離脱の国民投票、そして11月の米大統領選挙に、このような「風が吹いた」現象があるとすれば、世論調査はあまり正しい結果をもたらさなかったのも無理もなかったのかもしれない。

 ではどうすれば……。あまり嬉しい感じはないのだが、おそらく検索エンジンやSNSプラットホームのトラフィックを分析することが最もよく世論を表象するのではないかと思う。平時における政治事象への関心の高さ低さから、選挙戦の支持の趨勢まで、よーく見渡せるビッグデータはそこにある。が、表に出てくることはないのだろうなあ――と嘆息。