実は2014年に舛添知事が誕生した際にも五輪会場見直し問題が浮上した。その結果、自転車競技場は静岡に、ヨットは江の島にと、東京五輪が掲げていた8㎞圏内の歴史上最もコンパクトな五輪の理想は崩れかけていった。しかし一方で、アジェンダ2020の掲げる持続可能な五輪開催のための節約についてのベクトルもあり、IOCはこの提案を受け入れた。しかし、それは最終的な決心でなければならなかった。この落としどころに妥協したIOCが驚いたのは、再び小池新都知事が誕生したと同時に8㎞圏内のコンパクト五輪の理念を覆す長沼ボート場案が浮上したことである。

 これにIOCとOCOG、開催都市、JOCの調整を任される調整委員会委員長のコーツが直ぐに嚙みついたのも無理はない。寝耳に水。知事が変わる度に東京五輪の理念が崩れていくように見えたのだから、ここで釘をさすしかないではないか。東京五輪の重要なパートナーである開催都市の首長に。そこで、バッハ会長来日時にIOCはこの問題についての収拾を図ろうと決心したのである。

 IOCから見れば、東京五輪は開催が決定した直後からスポーツを政治的に利用しているように思えてしかたがない。招致時代の猪瀬知事から舛添知事に代わった途端に国立競技場の問題が浮上し、当初予算では実現が不可能として、予算縮小の上での再コンペが行われた。スポーツ界の歴史が詰まった1964年東京五輪のレガシーは無残にも取り壊され、その上に建築が予定されているのは、陸上の世界選手権が開催できるかどうかも分からないスタジアムである。

 そして、今回、小池知事のPTの提案は、国際競技連盟(IF)が将来的なボート競技やカヌー競技の拠点としての構想をも見込んで認証した海の森水上競技場を移設すると言うのである。

 この両者の「改革案」は都民、国民目線で経費削減という正論に見えるだろうが、その実態は新都知事の政治的なパフォーマンスである。最もメスを入れやすい東京五輪の予算への斬り込みを行い、日本では弱小で、もっとも言うことを聞きそうなスポーツへのお達しを行おうというものである。

 誤算は小池知事側にあったと見る。バッハ会長が来日中に見せたのはスポーツ外交の基本的戦略である。一方、都知事の豊洲問題や五輪問題のメスの入れ方は政治的戦略である。後者が敵を潰すことによって結果を得るのに対して、前者は敵を生かして解決する方法である。

 10月19日のバッハ・小池会談を急遽小池知事側の要望で公開にしたことをPT側は透明性の戦略としているが、この種の会談をオープンにすることについては、前任のロゲ会長以来IOC側は日常としているし、アジェンダ2020を掲げるバッハ会長にはすべての人を五輪のステークホルダーに抱えるという目的があり、そのためのオープン化は急速に進んでいる。私が関わっていたサマランチ体制ではありえなかったことだが、IOC総会が今ではネットストリーミングで見られるようになったのは、その一端である。