本来、執筆者/製作者たちのウェブメディアの自由度と機動性を活かし、しかも専門性や着眼点のユニークさが注目され、そこから話題を生み、拡散され、それがひいてはテレビや新聞、雑誌といった既存の大手メディアに取り上げられ、ブームやお金を生む。これこそウェブメディアという「飛び道具」を利用するうえでの最も効果的な手法で、メリットだ。

 一方で、日々、無数の情報が生み出されるインターネットの世界では、一つのニュースが持つ賞味期限は、長くても1日。通常は、朝に配信されたニュースや情報はその日の午後には、影響力を潜め、夕刊が出る頃になれば、どんなビッグニュースであったとしても、朝に出されたコンテンツの痕跡や影響力はほぼ消えている。

 よって、コンテンツが埋もれないように、ウェブメディアやコンテンツホルダーが腐心していることがSEO対策になる。検索結果でできるだけ上位に表示されるようにするためのテクニックだが、この精度を高めることがコンテンツそのものを作りよりも高い価値と意味を持つようになってしまっているのも現実である。

 ネット上ではあらゆる情報が瞬時に「埋もれる」。そのため、「埋もれない」ようにするための努力に最大のエネルギーが注がれているのがウェブメディアの現状でもある。

 その結果、「話題のコンテンツ、注目の記事が、結果的に検索上位にくる」ではなく、「検索上位にくるようにコンテンツを作る」といった逆転現象の起きてしまう。その結果が、今回のWELQ騒動に起因するDeNAキュレーションメディア問題の本質である。そしてその実態が、今回の騒動により一般にも明らかになったというわけだ。

テレビをつまらなくする仕組みの「二の舞」


 今回の騒動がウェブメディア業界にとって与えるデメリットは計り知れない。少なくとも、黙認されてきた自由度への規制(自己規制、業界内規制を含め)が加速することは間違いないからだ。それは、消費者・利用者からの視線という点でも、である。

 ウェブメディアが既存メディアに対して圧倒的な優位性をもっていた「自由度」とそれに基づいた「機動性」に対して急激なブレーキがかかってくる可能性もあるだろう。テレビ業界が「コンプライアンス」という言葉の発明によって、急激にその自由度を失い、機動性を鈍らせ、表現の自由を抑制するようになったことは言うまでもないが、それがウェブの世界にも遠からず持ち込まれることになろう。