今回の件を総括し、敬虔な反省と持つとともに、真摯に省み、自己批判をしなさい。次回は村田某にもコメントをさせなさい。メディアも、株主も同社と経営陣の責任を非妥協的に追及せよ。同サイトに振り回された至純の魂を持つ消費者よ、断固たる闘争に起て。

 もっとも、この手の問題というのは、問題を起こした企業や、関係者を糾弾しただけでは解決しない。構造的問題を直視しなくてはならない。

 これはネットビジネスが直面している構造的問題だと解釈している。広告型のビジネスモデルではPV数がモノを言う。そのPVを稼ぐためには、検索されなくてはならない。このようなビジネスモデルであれば、粗製濫造と言われようとも、さらにはそれが機械的に作られていようとも、大量に記事を生産し、アップした方が有利になる。このような魂の腐敗、道義の頽廃とも言える取り組みが合理的になってしまうのが、ウェブの世界なのである。

 この「PV課金の広告型モデル✕検索エンジン」という呪縛に、ネット関連のサービスは常に囚われている。それこそ、DeNAの愚行を報じるネットニュースサイトも広告課金、検索エンジンという掌の上で踊らされている。

 釣り記事や炎上狙いの記事が話題になるが、この手のものも単に関わっている企業や書き手の問題だけではなく、このビジネス上の構造的な問題のもとに成り立っている。ついついPV稼ぎに走ってしまう中、どうブレーキをかけるのか。倫理だけで阻止することができるのか。ウェブサービスは魂を空白状態にするのだ。

 上場しているネットベンチャー企業には、常に変化への対応と、成長が求められる。これもまた、株式市場の論理だ。

 DeNA社の悪辣なる愚行に対する我々国民の怒りは、もう限界のレベルに達している。とはいえ、こういった構造的な問題も理解しておくべきである。ネット社会は、普遍的・根底的矛盾を抱えているのだ。
記者会見したディー・エヌ・エーの守安功社長と南場智子会長(右)=2016年12月7日
記者会見したディー・エヌ・エーの守安功社長と南場智子会長(右)=2016年12月7日
 もうひとつ、おさえておきたい論点がある。それは、生活者にとっての価値だ。

 健康や美容に関連して間違った情報が掲載され、放置されていたということは、上場企業が行うサービスとしては断じて許してはならない。もっともこれは「情報の管理が行き届いていなかった」「剽窃なども放置されていた」「しかも、それを推奨していた」というのが問題であって、「わかりやすく、情報がまとめられている」ということは悪いことではない。

 つまりこういうことだ。元AKB48の前田敦子風に言うと「キュレーションメディアを嫌いになっても、キュレーションそのものを嫌いにならないで欲しい」というわけである。

 釈迦に説法だが、情報が氾濫する時代である。信頼できる、自分に合った情報に辿りつくのも困難である。そんな中、情報をわかりやすくまとめるキュレーションという行為は、本来、生活者にとって便利なものであったはずだ。だから、「キュレーションサイト」というサービスが起こした「問題」は直視するべきだが、「キュレーション」という取り組み事態は否定できないのではないか。

 今回の件はネット社会、ベンチャー企業を論じる上で格好の材料である。同じような案件は今後も出てくることだろう。構造的な問題は理解しなくてはならない。しかし、善良なる市民を冒涜する企業、経営者、サービスを断じて許してはなるまい。我々はもっと怒っていいと思うのだ。

追伸
 このインタビュー、私が苦手なNewsPicksに掲載されているものなのだが、いま読むと色々考えさせられるので、ぜひご覧頂きたい。
「私が、DeNAにiemoを売った理由」(https://newspicks.com/news/640478/